巨大人形・モッコが東北からTOKYOへ。箭内道彦さんが語る「復興五輪」

「東北復興」をテーマにした、東京五輪・パラリンピックの公式文化プログラム「しあわせはこぶ旅 モッコが復興を歩む東北からTOKYOへ Presented by Eneos」が5月15日の岩手から始まり、宮城・福島と開催されてきた。そこに登場するのは、身長約10メートルの巨大人形「モッコ」だ。 モッコという名は、宮城県出身の脚本家、宮藤官九郎さんによって付けられた。「ひょうきん者」を意味する宮城の方言「おだづもっこ」が由来である。 東日本大震災の被災地を巡って東京を目指す本プログラム。2021年5月に陸前高田市(有観客)、岩沼市・南相馬市(ともに無観客)で行われ、旅の目的地となる東京(無観客)での開催を7月17日控えている。 このプログラムを統括するのは、クリエイティブディレクターで福島県出身の箭内道彦さん。モッコとともに東北を旅した箭内さんに、プログラム開催と東北復興への思いを聞いた。

クリエイティブディレクターで福島県出身の箭内道彦さん クリエイティブディレクターで福島県出身の箭内道彦さん

モッコは「操り人形」でなく「つながり人形」

東京五輪・パラリンピックの公式文化プログラムである「しあわせはこぶ旅 モッコが復興を歩む東北からTOKYOへ」が、いよいよフィナーレを迎える。 東北の子供たちとのワークショップを通じて生まれた「モッコ」が、旅の中で、東北の人々から預かったメッセージを、東京に届け、世界に発信するこのプログラムのクリエイティブディレクターである箭内道彦さんは「当初、灯を感じた『復興五輪』という言葉が萎んでしまっている現在、それでも大会が行われるのであれば、全国の、世界の人々に、東日本大震災から10年経った東北の今を知ってもらうきっかけを作りたい」と話す。 「陸前高田で受け取ったメッセージの中に、『形の復興は進んだかもしれないけど、心の復興はまだ始まっていないんです』というメッセージがありました。東北の復興は、まだまだ道半ば。『復興五輪』は『復興が完了しました五輪』でなく、『復興はまだここまでです五輪』なんです」 プログラムの準備を進めるなか、箭内さんは当初からモッコを「操り人形」と呼ぶことに違和感を覚えていた。そこで、「モッコの物語」を書いてくれた又吉直樹さんに相談したところ「つながり人形」という言葉が返ってきたという。

「つながり人形」モッコ 「つながり人形」モッコ

「又吉さんの『つながり人形』という名前は、しっくりきました。モッコは、人と人とが力を合わせることで動きます。そして人と人をつなぎ直す存在。」 モッコを動かすのは、世界で活躍する人形劇師・沢則行が率いる19人の演者たち。中には外国人もいる。熟練したプロフェッショナルもいれば地元のボランティアも。みんなが1本ずつロープを引っ張って、大きなモッコを感情豊かに動かすのだ。 「モッコが立ち上がって歩き出した瞬間は、みんな涙が出ました。今の社会のありたい姿にも重なるのかもしれません。思いも立場も違う人たちが、ひとつの目標に向かって力を合わせています。」

無観客でも、たくさんの人が見てくれている

イベントのスタート地点、岩手県の陸前高田市では、約600人の来場者の前で操演を披露した。モッコの一挙手一投足に拍手が沸き、笑顔に溢れた。 「口数の決して多くない東北人ですが、そこには素晴らしい祭がたくさんあって、魂の発露を感じます。プログラムにはモッコだけでなく、各地の伝統芸能や地元の高校生たちによるパフォーマンスも準備されました」

陸前高田市から「モッコ」の歩みが始まった 陸前高田市から「モッコ」の歩みが始まった

しかし、コロナ禍のため、その後の宮城県の岩沼市・福島県の南相馬市では、無観客での開催となった。 「演者の方々と話すと、やっぱり目の前で観客が驚いたり、喜んだり、涙を流してくれたりすることが一番のパワーになるって言うんです。大きなモッコを動かすには、物理的にも精神的にも大きなエネルギーが要る。『お客さんの顔が見えないとしんどい』という気持ちもよくわかりました」 その思いが救われたのは、意外にも取材にきたメディアの存在だった。 「記者の方々は、モッコの姿を通して東北からのメッセージを伝えてくれる存在です。ご自身や家族が被災された方も多くいらっしゃる。ある意味観客でもあるんですよね。一人一人が様々な思いを抱いてモッコを見つめてくれていました。僕は記者の方々を東北の仲間だと思ったし、そしてその人たちの向こうに、無数の観客が見てくれていることも実感できました」 大勢の観客の前ではないけれど、その先でみんなが見てくれている。演者ともそう共有して、鼓舞し合ってきたのだ。

「復興五輪」をただのお題目にさせない

「復興五輪」を掲げて東京2020の開催が決まったのは、2013年の9月だった。東北の友人たちは怒り、悔し涙を流したと話す。 周囲から「オリンピックを開いている場合ではない」「東北の復興が遅れてしまうのではないか」「アンダーコントロール???」……そんな声が上がるなか、「僕自身も、『東北を利用するだけ利用して『復興五輪』を招致のためのお題目で終わらせたら許さないぞ』と思いました」と正直な気持ちを漏らす。

「オリンピックと距離を置こうとは決めていましたが、開催を止められないのであれば、東北の人たちにとって少しでも『やってよかった』と思える大会にしなければいけない。そう考える仲間たちと、あえてこの文化プログラムの仕事を引き受けました」 「コロナをきっかけに、人間が万能ではないことを感じた人はたくさんいると思います。『オリンピック』だって、多くの問題・課題を抱えているということにもみんな気づきました。ある意味、それに気づけたことが、この大会が残す最大のオリンピックレガシーなんだと思います。これからどうしていくか、を考える上で」 「災害は今も全国各地・世界各地で起きています。そしてコロナが生んだ無数の溝。その中で、復興を歩む東北の姿が、今度は世界のみなさんに元気と笑顔を送ることができたら」 この大会の開催をめぐり、人と人の心がバラバラになっている現状だからこそ“つながり人形”モッコの存在の大きさも感じている。 「分断を押し進めるのではなく、一度離れたもの同士がどうつながり直すかを考えていきたいですね。そのための学びが、きっとこの夏のどこかにあるはずです」 モッコのイベントは7月17日、東京にてフィナーレを迎える。預かった東北からのメッセージを丁寧に紡いだ歌「とうほくの幸」を、石川さゆりとMummy-D(RHYMESTER)が生出演で披露する。モッコが東北の風を一歩ずつ運びながら、人と人をつないでいくことだろう。

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