「顔がいいから選ばれた!?」 人生2度目の聖火リレーに挑む三遊亭小遊三師匠が東京五輪を語る

半世紀以上続く人気番組『笑点』(日本テレビ系列)。そのメンバーの中で、ひときわブラックなネタで客を笑わせる“水色の着物の人”といえば、落語家の三遊亭小遊三師匠だ。明治大学在学中に3代目三遊亭遊三師匠に弟子入り。『笑点』出演前からバラエティ番組等で存在感を発揮し、老若男女に愛されてきた。 1964年に行われた東京オリンピックのときは高校生。卓球部のキャプテンだった小遊三師匠は、山梨県代表として聖火ランナーに抜擢された。今回2度目の聖火リレーを走る小遊三師匠に、前回のオリンピックの思い出や、コロナ禍で実施される東京2020への思いを聞いた。

夏季五輪2度目の聖火ランナーを務める三遊亭小遊三師匠 夏季五輪2度目の聖火ランナーを務める三遊亭小遊三師匠

1964年、高校生聖火ランナーとして山梨を走った

高校時代、卓球部のキャプテンを務めた三遊亭小遊三師匠は、前回の東京オリンピックでも山梨県代表の聖火ランナーに選ばれた。「前回無事に東京オリンピックが開催されたのは、私が聖火リレーをつないだおかげだからね」とおどけてみせる。 「当時は、日本各地から運動部のキャプテンが聖火ランナーに選ばれて。でも、それだけじゃ駄目ですよ。学力優秀、品行方正。そして、もう一つ。『顔がいい』ってことだよね」 高座でも、このネタを話せば笑いが起きる。 コロナ禍の影響で、直前まで開催の賛否が問われている今回とは異なり、当時の東京オリンピックは「国家プロジェクトで、国民が一丸となっていた」と振り返る。 「とはいえ、高校三年生ですからね。『お前がやれ』と言われたら、逃げるわけにはいかない。『名誉』なんてことは意識もしなかったし、みんなも同じだったんじゃないですか。でも、あのとき選ばれたからこそ、今回も面白半分で選んでもらえたんだと思いますよ。高校時代の財産が、今生きちゃった」 今回は笛吹市・山梨市を走る予定だが、56年前のリレーでは故郷である大月市をスタートし、八王子や調布を通る甲州街道ルートの一部を走った。他にも中山道、東海道、奥州街道などから、聖火が東京の国立競技場へ集まってきたと言う。

1964年東京五輪の聖火リレー 1964年東京五輪の聖火リレー

「今回みたいに、同じ場所をぐるぐる走るルートじゃなかった。ちゃんとした“リレー”だったよね」 今回のコロナ禍は聖火リレーのルートだけでなく、お客さんと顔を向かい合わせて芸を披露する落語の仕事にも影響を及ぼした。

コロナ禍と同時に骨折。でも「いいタイミングだった」

コロナ禍、対面で芸を行う落語も影響を受けた。2020年3月には、都内にある4つの定席寄席も営業自粛に追い込まれる。大小さまざまな落語会が中止、延期となった。その影響は今もなお続いている。 「私たちは、しゃべらなきゃいけませんから。大変ですよ、やっぱり。でも、『笑点』の仕事もありますし、迷惑をかけてはいけないから。気をつけながら自粛してましたね」 思うように仕事ができない。そんな中、弟子を抱える師匠だからこその苦労もあった。 「いくらかはね、援助しないといけないし。もうね、弟子を取るんじゃなかったと思いましたよ(笑)。でも、そのタイミングで、足を骨折したんですよ。下駄骨折。ある意味すごくいいタイミングだったね」

コロナ禍が始まると同時に足の小指を折り、ギブス固定によって正座ができない状態になったという。『笑点』の収録は椅子に座って行ったが、高座ではそうはいかない。しかし「五体満足な落語家だって落語ができないという状態。いい具合に骨折したんだよ」と、いたって明るい。 そんな小遊三師匠の言葉の裏には、周囲への気遣いが伺える。 「落語家よりも、飲食店のほうがよっぽど大変なんだから。家賃や仕入れ、人件費。僕らとは比べ物にならないほどのダメージじゃないかな」 苦境の中でも心配りは忘れない。

56年の時を超えて。再び巡ってきた聖火リレー

逆風吹き荒れる今回のオリンピックについては、「もはやオリンピックのあり方自体が、1964年のときとは違いますよ」と話す。 「あの頃はなんでも命令で、オリンピックもほとんど国家行事でしたから。今はスポンサーさんがいてこそのオリンピック。国民の意識も全然違いますよ。非難の声が上がるのも仕方がないと思いますね」 1964年の東京オリンピックは「アマチュアのための祭典」だったからこそ、国を挙げて協力しようとするムードがあったという。しかし、プロ選手活躍の場となった昨今のオリンピックにはお金が絡むゆえに、混乱も大きくなってしまうのではないかと、小遊三師匠は分析する。

1964年 東京五輪 陸上男子 1964年 東京五輪 陸上男子

「昔は、スポーツといったら道楽だったからね。スポーツをしてても、飯は食えない。そのせいで諦めた人が五万といたような時代。そこから比べると、今はプロとして活躍している選手はたくさんいるし、注目される競技もある。幸せなことだと思うよ」 数ある競技の中でも、小遊三師匠が注目する競技は「卓球」。1988年ソウルオリンピックから正式種目に採用されている。 「福原愛ちゃんが活躍して、そこからはメダルもどんどん獲れるようになって。卓球界にとっては、うれしい限りですよね」 一観客として楽しみである反面、聖火リレーのテーマである「希望の道を、つなごう」にちなんで、自身についてはどうかと尋ねると、「希望は特にない。人生のお祭りには、もう決着が付いちゃったなと感じている」と苦笑する。 「でも今回またこうやって選んでもらったので、やっぱり一役買いたい。つつがなくできればいいなと思っています。でもそのあとは、きっともう何もしないでしょうね(笑)」 56年のときを超えて再び巡ってきた聖火ランナーという役目。74歳を迎えた小遊三師匠が、故郷・山梨を走り抜ける。

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