いつも胸に「がんばろう!石巻」聖火を手に「復興五輪」の意義を問う

東日本大震災による強い揺れと、その後の津波で甚大な被害を受けた宮城県石巻市。震災で亡くなった方への追悼の気持ちと地元の人たちを元気づけようという思いを込め、「がんばろう!石巻」と掲げられた看板がある。 この看板の前で例年行われてきた慰霊式典は、新型コロナウイルス感染拡大の影響により2021年は縮小開催された。

2021年3月11日 2021年3月11日

「震災後も変わらず実施されてきた『石巻川開き祭り』も、2020年は中止になってしまいました。コロナで行動がここまで制限されてしまうとは想像もしませんでした」 そう語るのは、看板を作った本人であり、聖火ランナーとして被災地を駆けることも決まっている黒沢健一さんだ。復興とオリンピックへの想いを聞いた。

「がんばろう!石巻の会」黒沢健一さん 「がんばろう!石巻の会」黒沢健一さん

津波に負けたくない。自宅兼事務所跡に掲げられた「がんばれ!石巻」の看板

石巻市で水回りのリフォームなどを行う黒沢健一さんは、配管工事業を経営しながら「がんばろう!石巻の会」事務局長としても活動している。東日本大震災の津波では、自宅兼店舗を失った。 「がんばろう!石巻」の看板は、地震発生から約1ヶ月後、瓦礫から見つけたベニヤ板を使って更地となった自宅兼店舗跡に立てたものだ(その後、道路整備に伴い市民活動拠点へ移設)。

2011年に作った看板「石巻南浜津波復興記念公園」より 2011年に作った看板「石巻南浜津波復興記念公園」より

2021年3月には、かつて更地だった場所に「石巻南浜津波復興記念公園」が完成。7月には復興五輪と銘打たれたオリンピックが開催される。復興に向けた動きが進む一方、「10年経っても、気持ちは震災後からずっと変わらない」と黒沢さんはいう。 「『がんばろう!石巻』の看板を作ったときから、『津波に負けたくない、地域の人を励ましたい』という思いで活動してきました。私にとっては、震災で大切な家族を失った遺族の方々と向き合い、寄り添い続ける10年でもありました。オリンピックが開催されようがされまいが、これからもその気持ちに変わりはありません」

石巻への変わらぬ思いと、いつしか生じた「震災を語り継ぐ」責務

「震災で自宅や事務所が流され、瓦礫の海だったところが更地になり、そこに新しい公園ができる。復興が進むなかで。震災が風化されてしまうかもしれないというジレンマもありますが、そういうものもすべて抱え、受け入れながら活動しています」 震災を忘れないために、「若い世代へ語り継いでいく必要性を感じている」と黒沢さん。その一環として行っているのが、5年ごとに掛け替えられる「がんばろう!石巻」の看板制作だ。3代目となる現在の看板は、地域の住民と地元の中学生がともに作ったもので、2021年4月に設置された。

「看板の制作は次の世代に受け継いで行きたい」と黒沢さんは語る 「看板の制作は次の世代に受け継いで行きたい」と黒沢さんは語る

「看板の制作を通じて、東日本大震災を“忘れてはいけない出来事”として伝えていきたいです。看板のほかにも、若い世代に受け継いでいくための取り組みを行っています」 「がんばろう!石巻」の看板の周りに、毎年ひまわりの種をまく活動のもそのひとつ。震災のすぐ後、看板の横に偶然ひまわりの種が流れ着き、芽を出したことがきっかけだった。 自力で根を張り、見事に開花したひまわりは「ど根性ひまわり」と名付けられ、その種は毎年順調に命をつなぎ、今年で11世になる。希望者には「がんばろう!石巻の会」から無料で種が送られ、現在でもその子孫たちが全国各地で花を咲かせている。

石巻南浜津波復興記念公園 石巻南浜津波復興記念公園

「ど根性ひまわりが50世くらいまで受け継がれたときに、『実は50年前に、東日本大震災という大きな地震があってね』と、未来の子どもたちに語り継いでいけたらいいですね」 ど根性ひまわりと一緒に笑顔で写った写真を全国から募集し、「ど根性ひまわりと笑顔の写真展」も毎年開催されている。石巻から始まった伝承活動が、全国へ広がっていることがわかる。 「NPOや社団法人のような形で運営する方法もあるけど、私は地域の皆さんと一緒に活動する今のスタンスを大事にしたい。大それたことはできないけれど、若い世代に語り継ぐために“無理のない伝承”を心がけています」

聖火リレーを通して“今の石巻市”の姿を伝え、地元を元気にしたい

「復興五輪」を掲げるオリンピックの聖火ランナーに選出された黒沢さんは、「復興は一人ひとりが感じるもの」と前置きしたうえで、聖火リレーへの意気込みを語る。 「東京2020を本当の意味で“復興五輪”にできるかどうかは、被災地にいる私たちの関わり方次第です。そうであるならば、地元を元気にする活動をしてきた自分が走るべきだと思い、聖火ランナーに応募しました。当日は、亡くなった方への追悼の思いや、お世話になった方への感謝の気持ちを込めて走ります。“今の石巻市”の姿を伝え、遺族や地域の方々に元気になってもらいたいですね」 オリンピックを間近に控えた今もなお、開催について否定的な意見が飛び交っている。しかし、「開催されるべきか否かを私が考えても仕方のないこと。状況が変わるたびに一喜一憂していては、疲弊してしまう」と黒沢さんは冷静だ。

「自分も含めて、被災者にとって震災は過去のものではなく、現在進行形です。10年経ったから、といって区切りをつけられるものでもありません。ただ、ずっと立ち止まったままでは前に進めない。前に向ける人から向いていくしかないのも事実です。『がんばろう!石巻』の看板作りも、そんな一念で続けてきました。オリンピックに対しても同じです。自分にできることをやる、それだけですね」 黒沢さんの言葉の端々から感じられる、地元への思い。聖火を手に石巻市を走る黒沢さんの姿は子どもたちの記憶にも残り、伝承活動のひとつにつながることだろう。

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