「誰かチーズ職人になって」無茶ぶり父と、楽しく働く娘の絆。親子の炎は富山を明るく灯す

富山県の聖火リレーランナーに選出された、吉田朋美さん。彼女が日頃手がけている仕事は多岐に渡る。地元の黒部でヤギのチーズ作りをする傍ら、音楽活動を基盤としたメディアへの出演の他、自身のラジオ番組を持つ。 吉田さんの父・忠裕さんは、国内大手非鉄金属メーカーであるYKK株式会社の社長(現在は取締役を退任し、相談役に就任)だ。ヤギのチーズ作りも、忠裕さんがきっかけで始まった。 豊かな発想と行動力で、毎日の暮らしを切り開いている吉田さん。そんな彼女の聖火リレーにかける思いと、バイタリティ溢れる生き様のルーツを伺った。

音楽活動とチーズ作りで忙しい毎日を過ごす吉田朋美さん 音楽活動とチーズ作りで忙しい毎日を過ごす吉田朋美さん

故郷・富山に明かりを――聖火をつなぐ喜びをより多くの人へ

富山県は、全市町村を通して聖火リレーの公道開催が取りやめとなった。全市町村で取りやめになったのは、富山県が初めて。世間的な逆風が強まる昨今、それでも吉田さんの「走る」決意は揺らがない。 吉田さん自身、コロナによる打撃を大きく被っている。自身が手がけるチーズ作りにおいて、売上の多くを占めているのがレストランへの納品だ。しかし、飲食店への休業要請とともに売上は激減。加えて飲食店には給付金が支給されているが、吉田さんの場合はゼロだった。 ダメージを受けながらも、聖火リレーへの前向きな意気込みを見せる吉田さん。自身がランナーに選ばれた理由を、次のように語る。

厳しい生活の中でも聖火で希望を灯したいと吉田さんは語る 厳しい生活の中でも聖火で希望を灯したいと吉田さんは語る

「スポーツ畑の人間ではない私が、なぜランナーに選ばれたのか。それはやはり、聖火をつないだときの状況や喜びを、たくさんの人と共有できるからだろうと考えました。なので、選んでいただいたからにはまっとうしたいなと」 ラジオ番組やメディア出演、地域に根づいた酪農業など、さまざまな活動を通じて“自身の声”を発信できる機会に恵まれていると話す。聖火リレーをきっかけに、故郷に明かりを灯したい。そう願う聖火ランナーは、きっと少なくないだろう。

「今度ヤギ30匹になったから」父の無茶ぶりから始まった、ヤギのチーズ作り

「60歳を過ぎた父が突然、故郷の黒部でヤギを10匹飼いだしたんです。家族になんの相談もなく。しかもその1年後に、『今度ヤギ30匹になったから』と。一体それはどういうことなんだと家族会議をしたところ、『故郷の黒部でヤギのミルクを絞ってチーズを作りたい。それは家族で叶えたい夢のひとつなので、娘の誰か、チーズ職人になってください』って……無茶ぶりですよね」 そんな父の夢に名乗りを上げたのが、娘4人のうち、当時ミュージシャンを目指しながらアルバイト生活をしていた吉田さんだった。父の無茶ぶりに対して「ひどいです」と言いながらも、「でも楽しそうって思っちゃったんですよ」と軽快に笑う。2012年のことだ。

2017にはヤギチーズ世界大会で最優秀賞を獲得した 2017にはヤギチーズ世界大会で最優秀賞を獲得した

ヤギのチーズ作りは現在7シーズン目に突入。試行錯誤を繰り返しながら、日夜チーズ作りに励んでいる。まずはヤギ1頭1頭に対して毎月ミルクの成分検査を行い、サンプルを採取するところから始めた。そのデータをもとにミルク、チーズ双方の改良を進めてきたという。 「チーズって、ものによっては熟成に1年かかるんです。塩を1%減らした、もしくは増やした場合、その結果が見えるのは1年後。改良までにすごく時間がかかります」 まずは地元レストランのシェフがチーズを使ってくれるようになり、善意で口コミを広めてくれた。また、自身のラジオ番組でもスポンサーの許可を取り、ヤギのチーズ作りを宣伝。それをきっかけに全国の人が黒部まで食べにきてくれるようになり、楽しい出会いがたくさんあったと話す。 コロナウイルスによってレストランの売上はたしかに打撃を受けた。けれど、同時に救いもあった。それが、ペットへの健康志向である。ヤギ乳はいろいろな動物(特に赤ちゃん)にとって、栄養価の高い飲み物であると獣医も勧めている。牛乳に比べて脂肪分が少なく、粒子の細かさからも消化吸収に優れている。 「『家族の一員であるペットにも健康でいてほしい』。飼い主さんのそんな願いが強まった結果、私たちの生活が助けられているんです」

故郷でつながる親子の炎

「東京や海外では水は買うものだったのに、富山ではあらゆる場所にきれいな湧き水が湧いています。そこで野菜を洗ったり、お米を炊くための水を持ち帰ったり。スーパーには富山湾の朝獲り鮮魚や、山のふもとで生産された豚肉が売られていて。ここにあるものだけで豊かに暮らすことができる。海と山のあるこの土地ならではの素晴らしい魅力ですね」 さまざまな局面に立たされながらも、地元富山での生活に希望を抱いている吉田さん。その根底にあるのは、両親や祖父の生きる姿勢だった。 「父も祖父も、YKKという大きな会社のなかで、想像を絶する責任を負いながら、多くの決断とともに日々を過ごしていたと思うんです。海外出張も多く、子どもの頃は平日に父と食事をした記憶がありません。 でも、どれほど忙しくても家で『疲れた』『忙しい』などの愚痴はおろか、ため息ひとつさえも聞いたことがなくて。とにかくいつも楽しそうだったんですね。その姿を見て育ったので、『働くことって楽しいんだ』という感覚が無意識に身につきました。ありがたいなと思います」 父・忠裕さんも聖火ランナーに選ばれており、別枠ではあるものの、親子で聖火をつなぐ架け橋を担っている。故郷の黒部ではじめた親子二人三脚のチーズ作り。そこで育まれた深い絆を携え、故郷にて受け継がれる炎をまた次の地へとつないでいく。聖火が辿る道筋には、さまざまな人の揺るぎない想いが詰まっている。

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