日本と台湾、ふたつのルーツを持つからできること。一青妙さんが聖火をつなぐ意味

歴史のある加賀地区、自然に恵まれた能登地区。石川県内では2日間にかけてこのふたつのエリアの公道で行われるはずだった聖火リレー。 まん延防止等重点措置の適用を受け、無観客の公園内でトーチからトーチに聖火を受け渡す「トーチキス」形式で実施することが決まった。 舞台俳優であり、歯科医師でもある一青妙さんは、石川県の聖火ランナーのひとり。当初の予定では、能登地区の中能登町を走ることになっていた。中能登町に寄せる想いについて、一青さんにお話を伺った。

訪問診療の歯科医師が見た、コロナ禍の現実

舞台俳優として活動している一青妙さんは、舞台に立つ傍ら、訪問診療の歯科医師としても働いている。新型コロナウイルス流行による影響も少なからず受けたという。 「流行が始まった当初は、マスクや医療用手袋の手配をどうするのかなど、備品類を整えるのに苦労しました。その混乱が落ち着いてからは、自分が感染してしまったらどうしようと不安に感じながら注意を払って診療にあたってきました」 そんな一青さんにとって一番つらかったのは、施設の入居者が家族と自由に面会できなくなってしまったことだ。当初こそ、入居者から「寂しい」といった声が聞かれたが、徐々に慣れていき、家族の話があまり出てこなくなる人もいた。

「外から訪問できる者として、元気な入居者さんの姿を撮影してご家族に送ったり、様子を話して伝えたりと、できる限りのことをするように努めました」 そうした状況にも、ワクチン接種が始まったことで明るい兆しがわずかに見え始めた。政府の要請により医療従事者が優先的な接種対象とされる中、一青さんたち歯科医師もその対象となった。 「全員ではありませんが、やはり『打てるものなら一刻でも早く打ちたい』と願っている医療従事者が多いと思います。自分の身も守れますし、接する患者さんにも安心していただけますから。私は俳優としても活動しており、台湾での公演を控えているため、スケジュールを考慮しながら接種タイミングを決めるつもりです」

日本と台湾、ふたつのルーツを持つ自分が「架け橋」になりたい

一青さんは、石川県中能登町を聖火ランナーとして走る予定だった。残念ながら、当初とは異なる形での聖火リレーとなることが決まったが、「聖火を持って走ること」への想いは一切揺らがないという。その裏には、石川県中能登町への特別な想いがあった。 「『一青(ひとと)』という私の姓は、中能登町にルーツがあります。母から継いだ姓ですが、昔のご先祖様は中能登町の一青地区で暮らしていたそうです。今でも中能登町を訪れると、一青と書かれた道路標識が各所に見られ、不思議な感覚になるんです」 そうした縁もあり、中能登町の観光大使を務めている。以前一青さんの著書を原作とした家族の物語が『ママ、ごはんまだ?』という映画になり、その際の撮影地になったこともまた、中能登町への想いを特別深いものにさせている。

さらに、中能登町は台湾の基隆市にある学校との交流を25年前から行っており、その基隆市は一青さんの父親の故郷だ。中能登町をルーツとする日本人の母と、中能登町と交流のある台湾の土地で生まれ育った台湾人の父。「できすぎた話のようですよね」と語る一青さん自身、不思議な縁を感じている。 「日本と台湾、両国をルーツとしている私としては、聖火を持って走ることで、ふたつの土地の架け橋になれるのではないかという想いがあって。メディアを通して、私の走る姿を台湾の人たちが目にする機会もあるでしょうから」 今は亡き父と母の故郷同士をつなげることは、自分にしかできないこと。一青さんはそんな使命感と期待を聖火リレーに込めている。

渡航できない今見えてきた日本の魅力

聖火リレーの実施も含め、オリンピック開催に対して賛否が大きく分かれる今。しかし一青さんは、「できるものなら開催してほしい」と願っている。 「世紀の祭典を間近で見られるのは、一生に一度のことだと思いますから、さまざまな方の尽力があった上で開催できるのであれば、私にとってはうれしいことですね。台湾も、野球の種目で出場できる可能性があると聞いています。日本の方に台湾という国を知ってもらう機会になるといいな、とも思います」 一方、日本のコロナ対策に関しては不安も覗かせる。「あくまで台湾との比較になりますが」と断りを入れた上で、「日本は水際対策を自主性に任せている部分が大きいのではないか」と一青さんは危惧している。 「台湾は入国後の隔離政策がかなり強固です。もしかするとオーバーな部分もあるかもしれませんが、日本でももう少し水際対策を強化してほしいと感じます。そうすれば、今よりも安心してオリンピックを開催できるようになるのではないでしょうか」

一青さんのそんな期待や願いも、日本への愛着ゆえのものだ。コロナ禍以前の一青さんは、月1回ペースで台湾に足を運ぶほか、他の国にもよく行き来する生活を送っていた。 容易に渡航ができなくなった当初は、フラストレーションも溜まったという。しかし、自由に国外に出られなくなったことで、これまで以上に日本国内への関心が高まったのだという。感染状況に配慮しながら、趣味のサイクリングでしばしば日本各地のコースを走っており、石川県のサイクルイベントにも参加している。

「『こんなにいい場所が日本にもあったんだ』と知る機会も増えましたし、自分が日本人であることを意識するきっかけにもなりました。これまで私は、台湾の魅力を日本に向けて紹介する活動を行ってきましたが、これからは日本のことを台湾に向けて伝えていきたいと思うようになりました」 現在はさらなる日本の魅力を勉強し、知識を蓄えるための準備時期だと捉えている一青さん。日本と台湾、ふたつの異なるルーツを持つ自分だからこそできる活動を——。 コロナ禍で分断が進む世の中でも、国と国、文化と文化を「つなぐ」意志を持ち続ける一青さんは、来たる聖火リレーで、炎を次のトーチへと受け渡す。

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