「罪悪感がないといえば嘘になる」森末慎二が語る五輪開催に向けた本音と迷い

ロサンゼルス五輪の体操競技において鉄棒で金メダル、跳馬で銀メダルを獲得し、華々しい活躍を見せた元体操選手の森末慎二さん。五輪の翌年に現役を引退してからも、体操という競技、そしてスポーツへの熱い思いが変わることはなかった。 東京五輪の聖火リレーへの参加は、自身を育ててくれた体操や故郷への恩返しになるはずだった。しかし、森末さんの表情は曇ったままだ。新型コロナウイルスの感染拡大が収束しない中で、今、アスリートや聖火ランナーたちも五輪開催への葛藤を抱えている。

1984年ロサンゼルス五輪 体操男子鉄棒 金メダリストの森末慎二さん 1984年ロサンゼルス五輪 体操男子鉄棒 金メダリストの森末慎二さん

コロナの影響で「仕事はずっとゼロ」に

「はっきり言って、このところ仕事はずっとゼロです」 コロナ禍によって生活に影響はあったかと尋ねると、森末さんは苦笑いしながらこう答えた。仕事の中心であった講演やスポーツイベントは、昨年から軒並み中止に。自身が店主を務める宮古島の天丼専門店も観光客が来なくなり、閑古鳥が鳴いてばかりだ。感染予防のために外出も減り、日常も大きく変わった。コロナ関連のニュースや五輪に関する報道を目にすると、失笑してしまうこともあるという。 「状況がよい方向に進んでいるとは到底思えない。ニュースを見ていると、毎日同じ発言が繰り返されているように感じてしまいます。不安定な日々が続く今だからこそ、リーダーシップを発揮して、国を引っ張っていくような存在が求められているんじゃないでしょうか。このままでは、五輪に出場するアスリートも不安でたまらないと思います」

五輪に向け、「ただ調整を続けるしかない」選手の心境

オリンピックの舞台を知る金メダリストだからこそ森末さんは五輪開催に複雑な心境を漏らす。 オリンピックの舞台を知る金メダリストだからこそ森末さんは五輪開催に複雑な心境を漏らす。

オリンピアンとして夢の舞台で活躍したことがあるからこそ、アスリートたちが五輪に並々ならぬ思いを抱いていることは痛いほどわかる。選手たちにとっては、五輪が開催されるか否かはもはや問題ではないはずだ、と森末さんは言う。 「五輪の最終予選会が開催されるピークは例年6月頃ですが、現在の状況から考えると、その時点で選手代表が決まっていない競技も出てくるはずです。昨年と今年はほとんどの国際試合が行われていないわけですから、何を基準に代表を選ぶかというのも難しい。はっきりとしたことが決まっていない以上、アスリートは五輪が予定通り開催されると仮定して、その日に向けた調整をとにかく続けるしかない。本当に大変だと思います」 国民の過半数が「五輪を中止すべき」と考えている。そんな中、参加を表明した選手に非難や中傷の声が集まることは想像に難くない。それでもなお人生を賭けた舞台のために、日々練習を重ねている選手の心境を考えると、胸が痛む。

交流も深い内村航平選手(左)と森末慎二さん(右) 交流も深い内村航平選手(左)と森末慎二さん(右)

「聖火がやってきた」と思ってくれるひとりのために

森末さん自身も、今回の五輪の聖火ランナーとして故郷・岡山を走る予定だった。しかし、感染拡大防止の観点から岡山では公道での聖火リレーは中止となり、点火セレモニーのみの実施となる。 「僕は1998年の長野五輪でも同じく聖火ランナーを務めさせていただきました。当時、地元のみなさんに手を振りながら、五輪開催を盛り上げてもらったことを振り返ると、やっぱり今の状況は辛いですし、気持ちの持って行き場がないというのが正直なところです」

聖火の到来を誰しもが歓迎してくれる従来の五輪とは、大きく状況が異なる。点火セレモニー当日も、岡山で暮らす親戚や友人とは顔を合わさず、ひとりで過ごす予定だと森末さんは言う。 「感染予防のために今は帰ってこないでほしい、と親戚に言われたので、セレモニーの直前までホテルで引きこもることになると思います」 身近な人々からのそういった意見もある中で、五輪や聖火の明るい側面だけに目を向け続けるわけにはいかない。迷いは消えないものの、「10人のうちひとりでも『聖火がやってきた』とうれしい気持ちになってくれる人がいるなら、その人のためにセレモニーに臨みたい」とためらいがちに話す。

罪悪感がまったくない、と言えば嘘になる

これまでに誰も経験したことのない状況を前に、アスリートや聖火ランナーたちにも葛藤がある。五輪や聖火リレーに対し、純粋に楽しむという気持ちになれない人が多いのも当然のことだと森末さんは思う。 「聖火ランナーを務めるって、本当はすごくうれしいしありがたいことです。けれど、『本当にいいのだろうか』という罪悪感もまったくないと言ったら嘘になります。他のランナーの方のお話を聞いていても、『走りたかった』という人もいれば『セレモニーだけになって安心した』という人もいて、参加者側もどんな気持ちでいればいいのか分からない、というのが本音だと思います」 約2ヶ月後に迫った東京五輪。今どのような気持ちで五輪を見ているかを率直に尋ねると、「感染状況がどうにか好転してほしいけれど、現状を見ている限り、何か変わるのかなと……」と言葉を濁す。開幕式まであと60日あまりだ。

東京五輪はアスリートに祝福が送られる舞台となるのだろうか。 東京五輪はアスリートに祝福が送られる舞台となるのだろうか。

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