新たな道聖火から始まる——車いす陸上選手・中尾有沙さんの挑戦

熊本県南阿蘇村出身の中尾有沙さんは、小学4年生から陸上競技を始めた。特に三段跳びでは順調に成果を挙げ、熊本県陸上競技選手権大会では10連覇、2015年の日本陸上競技選手権では日本一に輝くなど、華々しい記録を持つ陸上選手だった。しかし2016年、トレーニング中の事故で脊椎損傷。以降、車いすでの生活が始まった。 彼女が社会復帰を目指しながら飛び込んだのは、車いす陸上の世界。事故後、わずか1年3ヶ月で大分パラ陸上に出場し、選手として復活を果たした中尾選手に、自らが走者でもある聖火リレーに抱く想いについて聞いた。

事故によるけが、そして大地震——激動の2016年

2015年に中尾さんは陸上日本選手権女子三段跳で優勝 2015年に中尾さんは陸上日本選手権女子三段跳で優勝

2016年、「三段跳びの女王」と呼ばれた中尾有紗さんに、人生を変える大きな出来事が起きた。ウエイトトレーニング中におきた脊髄損傷だ。この事故により車いす生活を余儀なくされた彼女だが、意外にも明るい声でこう振り返る。 「両親が前向きな言葉で励ましてくれたこともあって、けがに対しては『しょうがないものだ』とすぐに気持ちを切り替えることができたんです」 それでも、けがから1ヶ月ほどは「跳ぶことができないなら、陸上競技には一区切りつけよう」と考えていた。しかし、リハビリをするうち、徐々に気持ちに変化が表れる。 季節は春。本来であれば毎年大会に参加している時期が訪れると、試合の高揚感が蘇り、自然と気持ちがワクワクしてきたと話す。 「リハビリを通して上半身の筋肉もつき始め、ある程度思うように体を動かせるようになったこともあり、『陸上競技場で記録を目指す競技に挑戦したい』と改めて願うようになったんです」

中尾さんの出身地南阿蘇村も地震の大きな被害を受けた 中尾さんの出身地南阿蘇村も地震の大きな被害を受けた

前向きな気持ちが沸き起こる一方で、中尾さんは再び大きな出来事に見舞われる。2016年4月、熊本を中心に九州地方を襲った熊本地震だ。 両親を含め馴染みの人たちが多く住む南阿蘇村も、地割れが起きたり、阿蘇大橋が崩落したりするなど大きな被害を受け、その様子はニュースでも大きく報じられた。 「熊本地震は、けがの何十倍もショックでしたね。何より、自分の子どもが大怪我を負った上に、大地震によって被災をするというアクシデントに遭遇した両親のショックを想像すると、本当に辛かった。これまで励ましてもらった分、今度は私ががんばることで両親を元気づけ、恩返しをしようと決意するきっかけになりました」

コロナがもたらした、パラリンピックへの心境の変化

中尾さんが車いす陸上の選手として本格復帰を果たしたのは、けがをした翌年の2017年。大分パラ陸上女子T54(腹筋が使えるクラス)100mだった。 東京オリンピック・パラリンピックへの気運も高まりつつある頃で、周りからも東京2020への出場が期待されていた。しかし、中尾さん本人はその現状に対して、「自分のレベルが追いつかないうちに、時期が迫ってきてしまった」と振り返る。

車いす陸上は奥が深いと中尾さんは語る 車いす陸上は奥が深いと中尾さんは語る

「車いす陸上を始めた頃は、『もしかすると東京パラリンピックに参加できるかもしれない』という期待もあったのですが、経験値が上がれば上がるほど、出場レベルまで記録を持っていくのは相当厳しいことだと感じるようになりました」 2020年7月頃まで、試合には積極的に参加し、自己ベストも更新してきた。しかし、東京パラリンピックの出場レベルにはまだまだ届かず、実力と周囲の期待との間にギャップを感じる日々。それに追い討ちをかけるように、長引くコロナ禍——。 「先のことがまったく見えない状況の中で、このまま東京パラリンピックに向けてチャレンジを続けるのか、あるいは、その先のパリやロサンゼルスでのパラリンピックに向けて土台作りに徹するのか。かなり悩みました」 練習環境には不自由しないものの、大会のための遠征もままならない。中尾さんは次第に、目標を未来に向けるようになっていった。 「東京パラリンピックへの出場を期待して応援してくださった方に対しては、申し訳ない気持ちです。ただ、競技をやればやるほど、今は基盤を整えることに注力すべきだと感じました。この選択に、もう迷いはありません」

聖火リレーが新たな目標への「始まり」に

昨年、一昨年と、自らの経験を生かして学校などでの講演活動も行ってきたが、コロナ禍でその機会は激減した。そんなタイミングだからこそ、メディアを通じて自分が走る姿を見てもらえる聖火リレーを心待ちにしているという。 「いつも応援してくださる方たちに、自分の走る姿を見て少しでも元気になっていただきたい。オリンピック・パラリンピックへの出場は『目指す』ものですが、聖火リレーは私にとって、何かひとつの『始まり』のようなものなのかもしれない、と感じています」

ロサンゼルスへ向けて聖火で中尾さんの新たな1ページが始まる ロサンゼルスへ向けて聖火で中尾さんの新たな1ページが始まる

中尾さんが聖火とともに走るのは、故郷・南阿蘇村。この1年間で大きく復興を遂げ、よみがえった新しい道が、自分自身の新たな未来へも繋がっていくような前向きな気持ちを抱いている。 “物事をゆっくり考えるタイプ”だという彼女が最終的に見据えるのは、2028年にロサンゼルスで開催されるパラリンピックの舞台だ。 「車いす陸上は選手生命の長いスポーツとはいえ、年齢的にパリの次のロサンゼルスが最後のチャンスだと思っています。それまでに、三段跳びで成果を出していた頃のようなベストな状態に持っていけるよう、力を蓄えたいです」 彼女のパラリンピックへの挑戦は、この聖火リレーから、また新たに始まっていく。

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