伊賀“くノ一”が「地元に元気の恩返し」人がつないだ「聖火」との縁

本来なら今頃は、国内外の観光客で賑わっているはずの風光明媚な三重県伊賀市。しかし、緊急事態宣言が明けた今も観光面での打撃が続いている。苦境の中、希望の火をつなぐリレーの出走者リストに“忍者”が名を連ねた。「伊賀忍者特殊軍団 阿修羅」の一員・渡邉未央さんだ。忍びの道を歩んだ10年の軌跡、コロナ禍の伊賀で起きていたこと、そして聖火に託す思いを聞いた。

器械体操の選手から“忍び”の道へ

伊賀忍者特殊軍団 阿修羅の一員 くノ一 渡邉未央さん 伊賀忍者特殊軍団 阿修羅の一員 くノ一 渡邉未央さん

「私が“忍者”になったのは東日本大震災が起きた年でした。当時も苦しいスタートでしたが、コロナ禍に見舞われている現在の方が深刻です。緊急事態宣言の解除を受けて、ようやく光が見えてきたようにも思う一方で、忍者ショーへの客足は以前の3分の1も戻っていません」 三重県伊賀市にある「伊賀流忍者博物館」で迫力あるパフォーマンスを披露している“くノ一”、渡邉未央さんはそう明かす。 岐阜県生まれの渡邉さん。小学1年生のときから大学卒業まで器械体操に打ち込み、国体や全日本学生選手権などにも出場してきた実力の持ち主だ。忍びの道に進んだのは、高校生のときに体操クラブで「伊賀忍者特殊軍団 阿修羅」の“頭(かしら)”浮田半蔵さんと出会ったことがきっかけだった。 その後、大学卒業とともに浮田さんの案内で伊賀を訪れ、本格的に「阿修羅」の一員に。それから11年。忍者ショーでは器械体操の経験が存分に生きた。「伊賀流忍者博物館」を拠点に国内や海外を飛び回り、忍者の文化を広める充実した日々。しかし、2020年に事態が急変する。コロナ禍である。

観光の街・伊賀を襲ったコロナ禍

渡邉さんをはじめとする忍者ショーが見られる伊賀流忍者博物館 渡邉さんをはじめとする忍者ショーが見られる伊賀流忍者博物館

2020年3月。最初の緊急事態宣言が発令された際、伊賀の町全体が息をひそめ、「伊賀流忍者博物館」も休館に追い込まれた。ショーの開催はもちろん、三密を避けるために、キャストが集合して稽古を行うことも難しい。 「阿修羅の仲間は散り散りになり、私もしばらく岐阜県の実家に身を寄せました。毎日ランニングや素振りなどのトレーニングを続けていましたが、一人でできることには限界があります。とくに、みんなで稽古ができなくなったのは大きな痛手でした」

本物の刀や鎌を使用するので、日々鍛錬を積んでおかなければ怪我をすることも 本物の刀や鎌を使用するので、日々鍛錬を積んでおかなければ怪我をすることも

というのも、忍者ショーでは当たれば斬れる本物の刀や鎌を使用する。リアリティあふれる迫力こそ阿修羅の誇る魅力のひとつだが、だからこそ舞台裏ではキャストたちと連携した稽古が欠かせない。集団稽古ができなくなり、日に日に勘が鈍っていくのが怖かったと渡邉さんは振り返る。 「同時に、ショーという生業が絶たれたことで家計も苦しくなっていきました。仲間たちは“忍者”以外の仕事に目を向け、私も自動車学校で送迎のアルバイトを始めたのです。でも、コロナ禍は悪いことばかりではありませんでした」 そう言って、渡邉さんはほほ笑む。 「伊賀は小さな町で、多くの人は私が忍者であることを知ってくれています。ショーができなくなって困っていたとき、町のみなさんが食べるものを差し入れてくれたり、アルバイト先を紹介してくれたり。今の働き口もそうして見つけたもので、バイト先の会社は『忍者の仕事を優先していい』と応援してくださっています。緊急事態宣言から今日までを振り返れば、今まで以上に人の温かみを感じて感謝する毎日でした」

母が内緒で応募。聖火リレー走者に抜擢される

そんなある日、渡邉さんのもとに一本の電話がかかってきた。「おめでとうございます、聖火ランナーに選ばれました」――三重県庁スポーツ振興課からの連絡だった。 「聖火ランナー当選のお知らせだったのですが、寝耳に水で驚きました。自分では応募していなかったので、誰が応募したのかを確認したところ、母だとわかりました。あとで聞いたところ、『選ばれなかったら落ち込みそうだから内緒にしていた』と母なりの気遣いがあったようです」 しかし、渡邉さんは困惑していた。聖火リレーの出発式で、すでに阿修羅の一員としてショーに出演することが決まっていたからだ。さらに走るとなると、この日は自動車学校の送迎の仕事を休まねばならない。 「いくら理解がある職場とはいえ、さすがに無理だろうと思いました。お叱りを覚悟して自動車学校の社長に相談すると、『お母さん、すごいやん!』と予想外の言葉をいただいて。『阿修羅としてショーに出て、さらに聖火を受け継いで走れるなんて名誉なこと。調整しましょう』と快く背中を押してくれました。聖火を受けとったら、私を育ててくれた伊賀への感謝を込めて走ります」

日々の鍛錬で渡邉さんは聖火リレーに向けて心身ともに完璧な仕上がりだ 日々の鍛錬で渡邉さんは聖火リレーに向けて心身ともに完璧な仕上がりだ

「地元に元気の恩返しを」伊賀“くノ一”の思い

器械体操に打ち込んだことで、忍びの道がひらけた。そして、忍者として活動し続けた結果、聖火ランナーにも選ばれることができた。「今回の選抜で、一つのことをやり続けることが大きな力になることを改めて実感しました」と渡邉さんは語る。 「忍者ショーのとき、皆さんに『元気が出た』と言ってもらえる瞬間が一番うれしいんです。だからリレーのときもみんなに元気を届けたい。そして、三重に忍びの里があることを多くの人に知ってもらい、伊賀に足を運んでもらえるきっかけになれば」 伊賀を愛し、伊賀に愛された“くノ一”はそう語った後、ほがらかに笑って付け加えた。 「そうそう、日本の忍者は肉体だけでなく、精神力もちゃんと鍛えているのです。リレーでは、そんなところも伝えられるようにがんばります!」

コース紹介&インタビュー一覧

関連リンク

競技紹介

${list[returnRandomCount].credit}

${list[returnRandomCount].eventName}

${returnCompetition(list[returnRandomCount].eventId)}

${list[returnRandomCount].text}

競技一覧

おすすめ情報

東京2020オリンピック聖火リレー

聖火リレートップ