「長野五輪の炎が帰ってきた」荻原健司が抱く聖火への希望

1992年のアルベールビルから通算4度のオリンピックに出場し、数々の金メダルを獲得。現役時代は「キング・オブ・スキー」の異名を取り、現在はスキー指導者としてアスリートたちの育成に心血を注ぐスキーノルディック複合元選手・荻原健司さんは、聖火ランナーとしては4度目のオリンピックを迎える。大会開催に対しては葛藤も抱えた一方、聖火リレーには大きな希望を感じているという荻原さんに、その心境を赤裸々に聞いた。

長野五輪が開催された長野運動公園でインタビューに答えてくれた 長野五輪が開催された長野運動公園でインタビューに答えてくれた

「コロナ収束後に何か始めよう、なんて思ってる場合じゃない」

近年ではジュニア世代の育成に軸足を移すと同時に、スポーツイベントへの出演や講演会活動も多数行ってきた荻原さん。そんな彼にとって、新型コロナウイルスの流行による打撃は、想像以上に大きかったという。 「昨年はコロナでスポーツイベントや講演会などが一切中止になりましたから、私自身、収入源でもあった仕事が一気になくなって、苦しく悔しい思いをしました。『コロナ収束後に何か始めよう』なんて悠長に考えてる場合じゃないぞと思い、ときに気分が沈んでしまうこともありましたね」 しかし、生活の苦しさ以上に荻原さんにとって辛かったのは、指導者としてジュニアの選手たちに向き合っているときだった。コロナの影響で学校が休校になり、屋外でスポーツをすることもままならなくなった2020年。ジュニアの大会が中止になったり、子どもたちがマスクをしながら苦しそうにスポーツに臨んだりしている様子を見るたび、身を切られるような思いがした。 「現役を引退している私はまだしも、伸び盛りの子どもたちが苦しい思いをしているのを見るのはとても辛かったです。マスクをしながらスキーをするのって、本当にしんどいんですよ」

キング・オブ・スキーもコロナ禍で大きな影響を受けた キング・オブ・スキーもコロナ禍で大きな影響を受けた

もがく姿を見せることが、アスリートが社会に存在する意味

外出自粛期間を経て、対面で集まることが少しずつできるようになってくると、子どもたちの生き生きとした顔つきを見て、荻原さんは大いに励まされた。 「人ってやっぱり会うことでエネルギーの交換をするようにできているんだなと感じました。子どもたちがスポーツを楽しんでいる様子を久しぶりに見て、すごくエネルギーをもらったんです。これは沈んでる場合じゃないな、と思いました」 そう語る背景には、現役時代、自身もアスリートとして人にエネルギーを与え続けてきた経験がある。「荻原さんに元気をもらった」「荻原さんがいたから自分もがんばれた」というファンレターを、これまで何万通と読んできた。

リレハンメル五輪ノルディック複合団体で2大会連続の金メダルを獲得 リレハンメル五輪ノルディック複合団体で2大会連続の金メダルを獲得

「私はただ自分自身の夢に向かってがむしゃらに進んでいるだけなのに、その様子を見ている人たちが『元気が出る』『前向きになれる』と感じてくれることに最初は驚きました。けれどそういうお手紙をたくさんいただくにつれ、アスリートが社会に存在する意味、必要としていただける意味ってまさにこれだと思うようになったんです」 だからこそ、アスリートはもがく姿を社会に対し赤裸々に見せていくべきではないか。そう荻原さんは言う。

出場選手たちは、心の整理をどうつけるか

しかし、東京オリンピックが1年延期され、大会当日に合わせベストなパフォーマンスができるようトレーニングを積んできていた選手たちは今、再調整を強いられている。練習や予選会も思うようにできているとは言い難く、選手たちの精神面が心配にもなる。 「アスリートにとって、五輪は文字どおり夢の舞台です。それがなくなってしまう、というのは生きた心地がしないと思いますよ。何のために生きているんだろう、と多くのアスリートが考えてしまうはずです。そういう意味で、延期でも実施が決まったこと自体は、アスリートたちにとって心の救いだったとは思います。ただ、『私が日本代表です』と胸を張って言えるような心境ではない方が大勢いるであろうことが、競技当日のパフォーマンスに悪い影響を与えないかは心配です」

開催を巡って賛否両論があることは当然、アスリートたちも知っている。中には、コロナの影響で引退を決断した選手もいる。社会が応援ムード一色ではない状況で、どう心の整理をつけて大会に臨むかは難しい問題だ。 「ただやっぱり私自身は、アスリートの本分と社会的役割というのは、大会当日にベストなパフォーマンスを発揮することだと思うんです。アスリートの真剣なまなざしや最高の試合を見たいと思ってくださる方々は、みなさんそれぞれに、選手たちの姿にエネルギーや勇気をもらい、それが生きる糧になったという経験をされているはず。そういう方々がいる限り、アスリートには全力でがんばっていただきたいと思います」

「あの炎をまた持って走れるなんて、ちょっと幸せすぎる」

荻原さん自身は、今回の東京オリンピック、そして4度目のランナーを務める聖火リレーに対してどのような思いを抱いているのか。そう尋ねると、荻原さんは少しだけ顔をほころばせた。 「聖火リレーを務めさせていただくことについては、正直、ワクワクしています。私は選手としてオリンピックを4度経験していますが、出場時は毎回、聖火に『絶対に金をとるぞ』と誓って臨んできたんです。私にとって、オリンピックのシンボルとも言うべき存在が聖火なんですね」

長野五輪は日本選手団の主将として出場した 長野五輪は日本選手団の主将として出場した

1998年に開催された長野オリンピックでは、荻原さんは日本選手団の主将として出場している。荻原さんが今回、聖火を受けとり走るのも、当時と同じく長野市だ。 「私には、長野五輪の開会式であの日燃え盛っていた聖火が、世界中を巡ってまたこの長野に戻ってくる、という気がしているんです。同じ炎を私が持ってリレーできるなんて、ちょっと幸せすぎるような気持ちです。遠くから聖火リレーの一団が近づいてくると、熱気と緊張を感じるんですよ。それこそ、オリンピックで前の選手のパフォーマンスが終わり、自分の番がやってくるときみたいに緊張するんです」 今回のトーチはきっと重いはず、と荻原さんは言う。聖火の炎には世界中の選手たちの思いがぎっしりと詰まっている。その炎を東京まで届けるランナーの一員として、私はこの長野で精一杯走りたい──。荻原さんは力強くそう語り、頷いた。

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