東京オリンピック・パラリンピック延期後の日程を更新しました。聖火リレーの日程は公式情報が発表され次第更新します。

東京2020聖火リレー公式アンバサダー 石原さとみインタビュー

アンバサダーとしての思い、そして長崎を走る理由

(※本インタビューは、新型コロナウイルス感染の懸念が広がる以前、2020年1月16日に行われました。) 東京2020聖火リレー公式アンバサダー就任から約1年。ドラマに映画、CM、舞台と多忙な毎日を送る中、石原さとみさんはアンバサダーとしてどのように過ごし、今、どのような心境なのでしょうか。今年になってからは、聖火ランナーに選出されて長崎県を走ることも発表されました。 なぜ、長崎なのか……。 そこには石原さんの人生の転機となる物語がありました。

学校訪問イベントの様子(撮影:志和浩司) 学校訪問イベントの様子(撮影:志和浩司)

オリンピックイヤーの2020年。年が明けてまだ間もない1月、都内のある小学校の体育館に「東京2020聖火リレー公式アンバサダー」の石原さんと田口亜希さんの姿がありました。サプライズで訪れた2人に大きな歓声をあげる約800人の生徒たち。聖火リレーについての理解を広めていく目的で行われた、学校訪問イベントの一幕です。 「子どもたちと直接会ったからこそ伝わってくるものを、すごく感じました。自分の中に多くのインプットがされた気がして、本当に心が豊かになりました」と石原さん。本インタビューはそのイベントの後、都内のスタジオにて行われました。

たかが火に見えるかもしれない。でも、そこに込められた歴史、思い、心がわかってきた

アンバサダーに就任後、聖火についてかなり勉強してきたという石原さん。1月3日に放送されたテレビ番組ではギリシャを訪れ、街の空気に触れて旅を楽しむ自然体の石原さんを見ることができました。聖火が採火されるヘラ神殿などのオリンピア遺跡も見学。採火式を行う巫女の責任者であるアルテミスさんにお会いし、聖火への理解がより深まったと言います。 「聖火は誰がどのように起こすのか、どのような歴史があって、どれほど神聖なものとされているのかということを学んだり体感したりする中で、その火に込められた思いというものが少しずつ分かってきました。聖火リレーでは、その火を約1万人のランナーがつなぎます。そのスケールの大きさを感じつつ、自分の気持ちや学んできたことを多くの方に伝えていきたいと思っています」 自分が学んだことをより多くの人に伝えたいのは、聖火リレーをより深く楽しんでほしいから。 「知らなくても楽しめるのがエンタメなのかもしれないけれど、きちんと知ることで楽しいプラス部分の感情だけじゃなく、奥行きのある深さみたいなものも感じられたら、より強く記憶として根付くと思うんです」

人生の転機になった場所、生きる目的が定まった場所「長崎」

インタビューの前日、1月15日。石原さんが聖火ランナーとして長崎を走ることが発表されました。東京生まれの東京育ちですが、聖火ランナーに応募するにあたり、人生で転機になった場所、心が一番変わっていった場所はどこだろう、とあらためて考えたとき「ああ、長崎が一番だな」と感じたと言います。彼女が21歳のとき、ドキュメンタリー番組の仕事で原爆資料館や平和記念館を訪れ、被爆者の本多シズ子さんとも出会いました。壮絶な被曝体験を聞いた石原さんは、とても衝撃を受けたといいます。「本当に突き刺さって、なんて言葉をかければいいのかわからなくて……」衝撃とともに、無力感を感じたそうです。 その後、アフリカでも同じような経験をします。 「子どもたちに、片言の英語で『誕生日いつ?』って聞いたときに『わからない』って言われて。自分が何歳かわからない、どこで、誰から、どんなふうに生まれたかがわからない子どもたちがいるんだってことを初めて知りました。『知らなくてはいけないことがいっぱいあるのに知ろうとしない、薄情な人間に、私はなってはいけない』と、強く思いました」 そんな経験を経た直後、石原さんに心の転機が訪れます。29歳のとき、仕事で8年ぶりに長崎へ。「本多さんに会いたい」と仕事の合間に原爆ホーム(被爆者のための養護施設)を訪れます。アフリカから帰国した数日後のことでした。

会った瞬間に、心を明るくさせられる人間になりたい

石原さんの顔を見た本多さんは、涙を流して迎えてくれたといいます。 「突然の訪問だったのですが、お会いした瞬間に、本多さんだけじゃなくて職員の方もみなさん泣いて喜んでくださって。本多さんの枕元を見たら、以前訪ねた時の写真や、毎年送っていた私のカレンダーとか手紙とか、全部取ってあって。大切に持っていてくださったんです。『宝物です』って、『生きてて良かった』って言ってくださって。なんかもう涙が出てきちゃいました」 自分が活躍することで喜んでくれる人がいる、ということに改めて気づき、そういう人たちを増やしたい、励ますことの出来る人になりたい、と強く思ったそうです。 「その日のことを帰りの新幹線で思い返していたら、それまで自分の中でもやもやしていたものがすごくすっきりしたんです。『生きる目的ができた、私は励ませる人になりたい、会った瞬間に、その人の心を少しでも明るくすることが出来る人間になりたい』って」 それまでは、どう生きればいいか悩んでいたと言います。 「以前はもっと他力本願でした。誰かのせいにして生きていた部分がありますし。たとえば、仕事が終わって達成感はあっても、自分が頑張ったっていうよりも、ほんとマネージャーさん、スタッフのみなさん、ありがとうございます、という感じで。もちろん、今もその気持ちは忘れてはいないのですが、逆も然りで、ダメだったときにも誰かのせいにしていた気がします」 それが、人生の目的が定まってからは急に生きやすくなったそうです。 「本当に生きるのが楽になりました。やっていることの意味が分からなくなるときって、自尊心が削られていくというか、ブレてきてしまうと思うんです。不安になるし、見えない未来に、わからない未来に、ますます不安になっていく。けれど、生きる目的が決まってからはそういうことがなくなってきました。何のために自分が生きているのかっていう指針みたいなものが定まったら、自分が女優業をやっていること、そこで活躍出来るように努力すること、そのことの意味が自分の中で腑に落ちました。自分がこうやって生きていること、ここに存在していること、仕事を頑張るっていうことが明確になりました。そうしたら生きやすくなって。自分が選んだ仕事なんだ、自分の夢のために、目的のために、っていうのがわかってきて、それまでとは違った意味で責任感が湧いてきました」 “会った瞬間に、心を明るくすることが出来る人間になりたい”その目的のために、仕事を頑張り、自分を磨いてきた石原さん。その成果なのか、最近は周りにも変化が起きてきたそうです。 「この2020年が始まってから、なんかびっくりするぐらい、知り合いや地元の後輩、10代20代の女優さんから、いろいろと相談をされるようになりました。私自身、悩みを聞くときや励ますときにブレなくもなってきたんです。かける言葉もみるみる変わってきている自分がいて、その変化に面白ささえ感じています。ありがたいことに、挫折したことだったり、母親の病気を乗り越えたことも、ちゃんと人を励ますときの言葉や、自分自身の経験になったりしているので、人生って本当に無駄がないんだな、って改めて感じています」

私、終わるころにはとてつもなく幸せだろうな

聖火リレーの約120日間、アンバサダーとしてどんな気持ちで、どのように過ごすのでしょう。「きっと、あっという間ですよ。ぜんぜん長くないと思います」と石原さんは言います。石原さんにとって、アンバサダーは「人の心を知る仕事」だそうです。 「アンバサダーの仕事は、多くの人に会い、それぞれの方の人生の目的や、どう頑張って困難を乗り越えようとしているのかを聞くことで人の心を知り、最終的には一人ひとりの力をつなげて大きな流れにしていく、そういうものだと思います。今日の学校イベントでも、直接子どもたちに会ったからこそ伝わってくるものがすごくありました。たった1時間半でしたけど、すごく心が豊かになったように感じています。だからこのままいくと、私、終わるころにはとてつもなく幸せだろうなと思って。人の心がわかって、自分の心が豊かになるような女性になっていたいなと思うので、出会う方一人ひとりに向き合っていけるような時間を過ごせたらいいと思っています」 (※本インタビューは、新型コロナウイルス感染の懸念が広がる以前、2020年1月16日に行われました。)

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