東京オリンピック・パラリンピックについて1年程度延期、聖火リレー延期も発表されました。詳細な日程、選考基準などは公式情報が発表され次第更新します。

東京2020聖火リレー公式アンバサダー サンドウィッチマンインタビュー

聖火リレーを通して、“新しい東北の形”を発信していきたい

(※本インタビューは、新型コロナウイルス感染の懸念が広がる以前、2020年2月4日に行われました。) 「もう驚きです。我々で本当に良いのでしょうか?」。このコメントが示すとおり、サンドウィッチマンにとって、「東京2020聖火リレー公式アンバサダー」への就任は大きなサプライズでした。 2011年3月に発生した東日本大震災の被災地の一つである宮城県を出身地とし、同県の気仙沼市に滞在している時に被災した伊達みきおさんと富澤たけしさん。あの日以降、お二人は被災地に寄り添い、復興支援活動に取り組み続けています。 聖火リレー公式アンバサダー就任時のあいさつではこう述べていました。「我々の地元である宮城県と、福島県、岩手県の3県では復興の火として展示をしてくださるということで、すごくうれしいです。多くの皆さんが見に来られると思いますし、復興の活力になると思います」 3月26日から始まる聖火リレーにおいては宮城県のランナーも務めるお二人。伊達さんが語る意気込みには、やはり「復興」というワードが含まれていました。「まだまだ完全復興とは言えない状況ですが、皆さまのおかげでここまで立ち直りましたという現状と、現在も被災地のことを気にかけてくださる皆さまへの感謝を伝える役割ができればうれしい」 使命感を持って復興支援に携わるサンドウィッチマンに、震災のあったあの日のこと、そして東京2020の聖火リレーについて話を聞きました。

「生かしてもらったからには、伝えていかなくてはならない」という使命感

2011年3月11日、サンドウィッチマンは撮影のため宮城県気仙沼市を訪れていました。東日本大震災が発生した午後2時46分は、撮影が休憩に入ったところだったそうです。30分以内には10メートルを超える津波が押し寄せてくるという状況の中、スタッフの迅速な対応もあり、一同は安波山へと避難しました。当時のことを伊達さんが振り返ります。 「あの時、あのタイミングで避難していなかったら、僕らは命を落としていたかもしれません。いや、逃げていなかったらきっと……。僕らがいた場所は、津波の被害で瞬く間に海と化していきましたから。そういう意味では、『生かしてもらった』という思いをとても強く持っています。同時に、『生かしてもらったからには、伝えていかなくてはならない』という使命感も持ち合わせています」 毎年3月11日には避難場所となった安波山に登り、気仙沼の人々に黙とうを捧げているサンドウィッチマン。多忙な日々を送りながらも何度も東北を訪れ、地元の人々との交流を重ねてきました。その過程で、伊達さんは被災地の復興を実感しつつあります。 「震災前と比べると訪れる人が増えている場所もありますし、それはもう別世界のようなイメージです。津波の被害で更地になったところにも、すごくきれいな建物がたくさん作られました。本当に生まれ変わったような感じがしますね。震災後は大変な思いをしたと思いますが、地元の人たちも今ではとても前向きに生きている印象を受けます」

その要因として、富澤さんは若者たちの存在の大きさと、年配の方々の懐の深さを挙げてくれました。 「新しい町作りに関して言えば、若い人たちが中心になることでとてもスピーディーに進んでいきました。『これからはあなたたちの時代だから』と、その役割を若者に任せたお年寄りの方々もさすがですけどね」 背景には、ボランティアスタッフとして現地を訪れた人々の移住という大きなポイントもあったといいます。伊達さんがこう続けます。 「ボランティアに関わってくれた流れで、現地に移住する人も少なくなかったです。その中には学生さんも結構いたんですよね。だから、石巻あたりは他県の若い方の知恵を拝借する形で本当に新しい町作りが進められて、とてもおしゃれになっていきました。実際、石巻に足を運ぶと、方言じゃない人の割合がずいぶん増えましたから。標準語を話す方に『震災前にもこちらに来たことがあるんですか?』と聞くと、『実はないんです。震災後に初めて来ました』と言うんですよ。そういう人々が集まってくれたことで、新しい町が作られていったんですよね」

あの現場にいなければここまでのことはできなかったかもしれない

震災から5日後、サンドウィッチマンは東京都内で記者会見を行いました。「東北魂義援金」の立ち上げを発表したのです。「被災地のために何かできることはないか?」と考えていたところ、芸人の先輩たちが「お前らが先頭を切ってアクションを起こせ」と背中を押してくれたそうです。伊達さんが東北魂義援金のこれまでと、これからについて聞かせてくれました。 「義援金はすでに4億円を超えました。この金額は、全国の方々が僕らサンドウィッチマンを信頼してくださっている証だと思うんです。皆さんからの『頼むぞ!』という思いは本当にありがたいですし、感謝しています。僕らもその期待に応え、ずっとやり続けていきたいなと思っています」 富澤さんの言葉には、このインタビューの冒頭で伊達さんが発した「使命感」がにじみ出ていました。 「被災地の人々であっても、津波が押し寄せてくるのをずっと見ていた人というのはほとんどいないと思うんですよね。僕らはちょうど高台というか、その様子が見える場所にいて、沖から海水が上がってくるところを見ていました。あの現場にいなければここまでのことはできなかったかもしれない。言い方を変えれば、あの現場を目の当たりにしたからこそ、僕らはこの活動を続けていかなければならないんだと思いますね」

聖火リレーにあまり関心を持っていない方にも、まずは『サンドウィッチマンが走るの?』って興味を持ってもらいたい

オリンピックイヤーである2020年は、「東京2020聖火リレー公式アンバサダー」として迎えました。「世間的な注目度はもちろん、年が変わって『いよいよ2020年が来たな!』と気持ちも高まってきました」と伊達さん。注目している競技の一つが野球だといいます。 「僕は野球が好きなのですごく楽しみにしています。しかも福島市の福島あづま球場も会場の一つとして使われるので、できれば見に行きたいですね。稲葉篤紀監督とも親交がありますし、ぜひ金メダルを取ってもらいたいです」 富澤さんは、昨年大いに盛り上がったあの競技を挙げてくれました。 「個人的にはラグビーに注目しています。7人制、これは絶対に盛り上がると思いますよ」 昨年6月、ともにアンバサダーを務める石原さとみさん、野村忠宏さん、田口亜希さんらと「東京2020オリンピック聖火リレーイベント」に登壇した際には、伊達さんが「本来ならアスリートとして出場したかったけれど、この話を受けたのでその夢をあきらめて、聖火リレーに一生懸命携わることを決めました」とジョークを交えながら意気込みを語りました。聖火リレーのランナーにも選出されているお二人は、6月20日にそれぞれ宮城県内を走行する予定です。富澤さんは「現在の東北を見てもらうことで、復興した場所、まだまだ時間がかかる場所があることを分かってもらえると思う」と聖火リレーに対する期待を述べつつ、こんな希望を口にしました。 「まだ聖火リレーにあまり関心を持っていない方にも、まずは『サンドウィッチマンが走るの?』って興味を持ってもらいたい。」

伊達さんが「聖火リレーに参加するのは人生で初めて。どういう雰囲気になるのかな?」と当日を心待ちにする中、各地で開催されるイベントや行事も含めて、「きっとお祭りに参加するような感じだよね」と富澤さん。これには伊達さんもすぐに反応します。 「東北人は祭事が好きだからね。何かあればすぐに祭にしてしまう(笑)。ぜひそのノリで聖火リレーも盛り上げてもらいたい」 最後に、「聖火ランナーとしてどのような思いを持って走行しようと思っているか?」と問いかけると、それぞれ「元気」「笑顔」というキーワードとともに、熱い思いを聞かせてくれました。富澤さんはこう語ります。 「僕らががんばることで、被災地の人々が元気になったり、地元に誇りを持ってくれるのではないかと思うんです。そういう方を一人でも多く増やしたい。そういう思いを持ちながら走りたいですね」 伊達さんの言葉には、“新しい東北の形”という表現が含まれました。 「聖火ランナーに応募したけれど落選したという話をよく耳にします。そういう人たちの思いも背負いながら走りたいと思っています。同時に、東北の沿岸部の状況や、そこに住んでいる方々の笑顔を幅広く伝えていくことができたらいいですね。東京2020の聖火リレーを通して、“新しい東北の形”を発信していきたいと思っています」 (※本インタビューは、新型コロナウイルス感染の懸念が広がる以前、2020年2月4日に行われました。)

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