東京オリンピック・パラリンピックについて1年程度延期、聖火リレー延期も発表されました。詳細な日程、選考基準などは公式情報が発表され次第更新します。

石原さとみさんが専門家に聞く

知るほど深い「聖火の歴史」

(※本対談は、新型コロナウイルス感染の懸念が広がる以前、2020年1月10日に行われました。) そもそも聖火とはどんなものでしょう? 意外に知られていないその成り立ちや歴史について、アンバサダーである石原さとみさんに筑波大学の真田久教授と対談していただきました。石原さんは今年の1月に放送されたテレビ番組の企画でオリンピック発祥の地であるギリシャに行ってきたばかり。対談は和やかなムードで始まりました。

古代ギリシャの町には「聖火」がいっぱい?

聖火とはそもそもどのような存在なのだろう。その起源は……? 真田教授によれば、古代のギリシャの人々にとって、火は非常に大事なものだったそうです。各家庭には火を焚いておく炉が必ずあり、基本的にその火は一年中燃やし続けていなければならなかったとのこと。 真田教授「その火の中には、ヘスティアという女神がいたんです。その女神が宿っていると家は繁栄し、幸福や平和が約束されるという考えがありました。ですから、各家庭では炉の中で火を焚いて、そこにヘスティアを住まわせておくんですね。それは家だけでなく、神殿や市庁舎などでも同じでした」 石原さん「ということは、古代ギリシャの町にはたくさんの火があったんですね」 真田教授「ええ。こんな話もあります。当時のギリシャでは、人口の増加に伴って同じような規模の町を少し離れたところに作ろうとする時、人々はまず神殿や市庁舎にある火をそのまま新しい土地に持っていくんですね。そして、新たに作った町の神殿の中にその火を灯しました。そうすることで、もともとの町と新しい町とがつながると信じられてきたのです」 石原さん「町が火でつながるんですね」 真田教授「まさに“聖火”であり、やはり古代ギリシャの人々にとって火は非常に重要なものだったんです」 石原さん「そして、そこにはヘスティアという繁栄、幸福、平和を司る女神が住んでいる……。オリンピックに関係なく、ギリシャの人々にとって火はとても特別なものだったことを感じます」

聖火リレーの起源とは?

真田教授「火を新しい都市に持っていく際には、なるべく早く持っていかなければなりませんでした。というのも、運ぶ途中で悪い人間に襲われたり、あるいは争いごとに巻き込まれるようなことがあると聖火が汚されてしまいます。そこで当時の人々はリレー形式を導入したのです」 石原さん「聖火リレーの始まりはそこから来ているんですね」 真田教授「ひとつの火を受け渡していくスタイルでした。同じ火をつないでいく、という意味では今の聖火リレーそのものなんですよね。今日では『オリンピックがまもなく始まるぞ』というメッセージを聖火リレーに込めて行われています。これは『オリンピックが始まるから、戦争をやめてオリンピアに集まろう』という古代オリンピックの意味も含まれているのです」

巫女さんは「神に仕える存在」

真田教授によれば、聖火を起こせるのは「神に仕えるもの、つまり巫女だけ」。 石原さんはテレビ番組のなかで、その巫女でありオリンピック聖火採火式の最高責任者でもあるアルテミスさんの家を訪れました。そして彼女と会った瞬間「聖火がものすごく神聖なものだとわかった」といいます。 石原さん「アルテミスさんは、とても聡明で、凛としていてすごく美しい方でした。海外では『初めまして』や『ありがとう』の気持ちを表す時に数秒間のハグをすることあるじゃないですか。それがアルテミスさんの場合、一般的なハグとは少し違っていました。彼女は『来てくれてありがとう』という感謝の気持ちを少し長めに抱きしめることで表現してくださったんです。きっと私に会う前から心を整えていてくださったというか、様々なことに関する感謝の気持ちを高められてから対面してくださったことがとても伝わってきて涙が出そうになってしまいました」 真田教授「テレビ番組を見ていて、アルテミスさんは絵画に描かれたヘスティアに似ていると思いました。ヘスティアの思いをきちんと受け止めていらっしゃる方なんでしょうね」 石原さん「私もアルテミスさんにお会いして、言葉よりも伝わるものがあるんだなと感じました。そして、東京2020の聖火ランナーの一人として、そういう方が起こした火をちゃんと受け取らなければいけないなと強く思いました」

聖火は、太陽の火

聖火はそもそもどこから来るのでしょう。真田教授は「火で一番きれいな火は太陽なんですよ。だから太陽光から火をおこす。これが一番きれいで純粋なんですね」と言います。 真田教授「古代オリンピックでも聖火の火は太陽から採火しました。儀式を行い、凹面鏡で火をつけて、それをオリンピアにあるヘスティアの祭壇、ゼウスの神殿の前の祭壇、そしてへラ神殿の前の祭壇につけるんです」 石原さん「それが聖火リレーのスタートになるんですね。凹面鏡で火をつけるというのは、いつ頃から取り入れられたのでしょうか?」

2000年 シドニー五輪 プレビュー 聖火リレー 採火式  / 写真:ロイター/アフロ 2000年 シドニー五輪 プレビュー 聖火リレー 採火式 / 写真:ロイター/アフロ

真田教授「近代オリンピックの聖火リレーが始まったのが1936年からで、その時からですね。もちろん、古代の方法にならったものです」 石原さん「太陽光から火をつける、というのは、紀元前からずっと同じなんですね」 真田教授「今回は、3月12日にオリンピア、ヘラ神殿の前で火をつけ、それをアテネまで運び、19日にギリシャから東京への引継式をパナシナイコ・スタジアムで行うことになっています。その後、20日に日本に到着する予定です」

聖火は飛行機に積めるの?

今回はJALとANA両方のロゴが入った航空機が聖火を日本に運ぶといいます。一体どうやって火を空輸するのでしょうか。 石原さん「アテネからの移動にすごく時間がかかるから、聖火を運ぶのも一苦労ですよね。飛行機の中で火を灯し続けるのも危険が伴います」 真田教授「やはり火をつけたままでは飛行機に乗せられませんので、種火の状態にして運びます。例えるならば、炭火のようなイメージです」 石原さん「非常に高度な技術が求められますね。最初に聖火を海外に運んだ方は大変だっただろうな…」 真田教授「最初に飛行機を使って運んだのは、1952年のヘルシンキオリンピックの時ですね」

平和への祈りを込めた「1964年の聖火リレー」

1964年の東京オリンピックの時も聖火は飛行機で運ばれました。アテネからイスタンブールに入ってイランへ。その後、中東を通ってインド、東南アジア、台湾、そして沖縄、東京と。アジア初のオリンピックに際して「アジア各国にもオリンピックのことをきちんと知らせようとした」と真田教授。また、オリンピックの理念、つまり平和の理念を広めようとしたとのこと。約10万人が走ったというその聖火リレーはどのようなものだったのでしょうか。 石原さん「火が渡ることで復興や平和の象徴になるというのはすごいことですよね」 真田教授「ええ。例えばイスタンブールに行ったら、現地の青年たちが聖火を運ぶと。各地で火を下ろして、各国の都市で聖火リレーを行いました。イランでもインドでも行われました。11の中継地を経て、9月7日に沖縄に到着しました。アジアの人々もオリンピックの聖火を間近で見て、『日本でまもなくオリンピックが始まるんだな』と認識したのではないかと思います」 石原さん「アジアの人々が持つオリンピックに対する印象って、人それぞれ違うんじゃないかと思うんですが、平和の象徴であるオリンピックが日本で行われるということに対して、反発もあったのでしょうか?」 真田教授「当初は反対するところもあったようです。それでもきちんと説明し、平和の理念を持ってアジアで最初のオリンピックを行うんです、と説得することで『協力しましょう』となっていったようでした」 石原さん「やはり、その心というものがつながっていかなければなりませんよね。オリンピック開催の意味を伝導する方々が、ブレることなくその理念をつないでいかないと。そこにはものすごい使命感がありますね」 真田教授「古代の人々の思い、平和への願いというものをいかに正確に伝えられるか。ギリシャから見たら極東の日本に、そしてもちろんアジア全体に。それが、東京2020聖火リレー公式アンバサダーである石原さんの役目なのかもしれません」 石原さん「……頑張ります!」

平和の祈りを1964年から2020年につなぐ

真田教授によれば、1964年の聖火リレーでは、もうひとつ別の方法でも平和を訴えたといいます。「それは、国立競技場の聖火台に点火する最終ランナーの坂井義則さん。彼は1945年8月6日、広島県生まれなんです。原爆が投下されたその日に広島県で生まれた子どもが立派な青年になり、早稲田大学の陸上競技部で活躍し、戦後の日本の復興を象徴するとともに平和のメッセージを伝えるシンボルになったんです」 石原さん「坂井さんの成長した姿と日本の復興を重ね合わせたんですね。以前、今なお戦争の苦しさを味わっているアフリカの皆さんに会う機会がありました。その際に、『戦時中や戦後の日本は私たちよりもっと辛かっただろう、核爆弾を落とされ、大変な思いをしたはずだ』そして、戦後まもなく復興し成長を続けた日本の姿に『私たちにもできるんじゃないか、日本は我々の希望だ』とおっしゃっていました。先ほどの坂井さんが象徴となったように、日本の“今”を表現することが、世界中に『立ち上がろう! 頑張ろう!』ということを表す機会なんだなと強く思います」 真田教授「そうですね。1964年はまさに第二次世界大戦の敗戦から立ち上がった日本の姿を示しました。今回も東日本大震災、その後も続いた自然災害からの復興を示すことができたらいいですよね」 石原さん「選手たちはもちろん、聖火リレーのランナーも、一人ひとりが平和の象徴になるんですよね。皆さんが輝きながら火をつないでいく姿を世界に見せることができたら、本当に様々なものからの復興を証明できると感じています」 真田教授「今なお、世界各地では戦争が起きています。この時期に東京でオリンピックを開催するという意味をもう一度考えてみる必要があるのかもしれません。先ほど1964年の開会式で走った聖火ランナーが1945年8月6日生まれの広島県出身の青年だったとお話しましたが、今回のオリンピックの閉会式は8月9日なんです。長崎の原爆の日。1964年は広島で始まり、2020年は長崎で終わる。この巡り合わせを不思議に感じながらも、8月9日に聖火を消す時には、世界的に『原爆を使用した最後の日にしよう』というメッセージや祈りを捧げてもいいのではないかと。1964年のオリンピックと2020年のオリンピックがつながり、オリンピックのレガシーになるのではないかと思うんです」 石原さん「聖火と平和の深いつながりを改めて感じます。もうこれで終わりになりますように」 真田教授「もし第三次世界大戦が起きたら、また核が使われるかもしれない。本当に使用されたら人類は確実に滅亡へと向かってしまいます。今このような時だからこそ、我々はメッセージを出すべきなのだと思っています。聖火をつないでいく上でもそれはとても大事なことであり、8月9日にその火が消される時には、ぜひ平和を祈念する取り組みがあってもらいたいなと思うんです」

石原さん「火を消すといえば、オリンピックが終わる時に聖火を消してしまうのがちょっと寂しい感じがしました。先ほど、古代ギリシャでは一年中火を灯し続けるというお話を聞いて、とても素敵だなと思ったので」 真田教授「最後には太陽にお返しするという意味があるのです」 石原さん「いつまでも心のレガシーではないですけど、火を見ることでいろいろなシーンを思い出したり、感じられたらいいのになと思って。それこそ、4年ごとにその火が国をまたいでつながっていったら、とても尊いなと思うんです」 真田さん「古代に立ち返れば、やはり火を永遠に灯し続けるということがとても大事だったんですよね。そういう意味では、石原さんのお考えをどこかに提案されてもいいかもしれません」 石原さん「いえいえ、そんな」 真田教授「2020年の聖火は消すことなく、種火などの形で残しておきましょう、とか」 石原さん「ぜひ、残してほしいです!」 真田教授「次の大会が行われる時に、新たな聖火と消さずに残しておいた聖火を融合させるとか。そうすることで聖火はずっと続いていきますし、それはいいアイデアかもしれませんよ。2020年の東京オリンピックの火を2024年のパリオリンピックが受け継ぐことでさらに発展させ、より平和を目指すと」 石原さん「素晴らしいですね」 真田教授「IOC(国際オリンピック委員会)は割と寛容で、ルールの改定も不可能ではないんです。良い提案は受け入れてくれます」

東京2020に宿る「火の女神ヘスティア」

東京2020の聖火リレーは「復興」がひとつのメッセージになっており、国内の聖火リレーも福島県のJヴィレッジからスタートします。「なでしこジャパンの皆さんが聖火ランナーの第一走者としてJヴィレッジから走り始める。これはすごく意味があると思うんです。なでしこジャパンの皆さんが、火の女神ヘスティアのような役割を担うんだなと思って」と石原さん。 真田教授「今回、ギリシャで日本人最初の聖火ランナーも女性ですね。野口みずきさん。アテネオリンピックで金メダルを獲得された方ですからね。まさにヘスティアが宿っているかもしれませんよ」 石原さん「確かにそうですね。個人的にはとてもワクワクしているんですが『聖火リレーって日本の皆さんにはあまり馴染みがないのかな?』と感じる時も少なくありません」 真田教授「日本国内で聖火リレーが行われるのは何十年ぶりかの行事ですからね」 石原さん「アンバサダーとして、聖火リレーを知らない方、まだあまり想像がつかない方に説明しようとすると、どうしても言葉数が多くなってしまい、伝え方にいつも苦労するんです。聖火リレーをわかりやすく伝えるにはどういうワードを使うといいのでしょうか?」 真田教授「古代の思いを現代にもつなげていきましょう、というのが一番シンプルかもしれませんね。オリンピックを通して平和・幸福・繁栄を感じること。『そういう気持ちを持って聖火リレーを見つめましょう』と。それと、ぜひ火の女神ヘスティアの話をしてください。皆さん興味を持たれるし、喜ばれると思います。石原さんご自身がまさに“日本のヘスティア”として」 石原さん「はい! そのお言葉に恥じないように頑張ります」 (※本対談は、新型コロナウイルス感染の懸念が広がる以前、2020年1月10日に行われました。)

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