体操女子代表争いで飛び出した新星・相馬生(うい)

2021/6/10 10:00

(写真:西村尚己 アフロスポーツ)

NHK杯の結果を受け、女子体操の東京五輪出場メンバーが決まった。全日本選手権、NHK杯の合計得点上位3人と強化本部推薦の4枠を争った選考争いで注目を集めたのが、アメリカ育ちの16歳の相馬生。NHK杯ではケガのため途中棄権、惜しくも代表は逃したが、持ち味のダイナミックな演技に早くも次回、パリ五輪での活躍への期待がかかる。

関係者も知らなかった"アメリカ育ち"の逸材

女子の体操ニッポンに、突如"新星"が現れた。昨年12月の全日本選手権、初出場でいきなり3位に入った相馬生(うい)選手だ。その日までほとんどの体操関係者は、その時15歳の彼女の存在を知らなかった(現在は16歳)。

初日の予選で5位に入って、相馬は一躍注目を浴びた。日本国内での実績がなかったため、予選は一番初めの第1班で演技した。その位置の選手が上位に顔を出すなど、体操界では異例中の異例。採点競技の性格上、最初はあまり点を出さない慣例もあるから、第1班で高得点をもらうのは相当な力を要する。それでも相馬は、全種目で好スコアをマーク、たった1日で「話題の星」となった。

プロゴルフでいえば、予選から勝ち上がった無名の新人が、最終日の最終組でラウンドするようなものだ。相馬は決勝で、村上、畠田ら錚々たるメンバーの中に入っても臆することなく、大きなミスもせず3位に入った。3位といえば、東京五輪代表圏内。相馬生は一気に東京五輪代表候補の一人に名乗り出た。

2020年の体操全日本選手権で3位となった相馬(右)(写真:森田直樹 アフロスポーツ)

相馬の存在がノーマークだったのには、明快な理由がある。相馬はずっとアメリカで育った。体操もずっとアメリカでやっていた。つまり、昨年春まで相馬は「アメリカの選手」だったのだ。

生まれたのは日本だが、1歳の時、両親がハワイに渡り、レストラン経営などの事業を始めた。一緒にハワイに移住した生は、日本語より英語を日常の言葉として育った。
6歳のころ、ハワイで体操に出会った生は8歳から本格的に競技を始め、メキメキと頭角を現した。11歳の時テキサスで行われたセレクションに参加すると、300人もの有望ジュニアの中から一人だけデベロップメンタル・チーム(いわば全米ジュニア)のメンバーに選ばれた。

生の才能に目をつけたのは、アメリカ代表監督だったワレリー・リューキン。旧ソ連代表で1988年ソウル五輪団体金メダルのメンバー。鉄棒で金メダル、個人総合でも銀メダルを獲った体操界のレジェンド。アメリカに移住して指導者となり、北京五輪では娘ナスティアの個人総合金メダル獲得に貢献した実績でも知られる。そのリューキンから指名を受けた相馬は、定期的にテキサスに通えるよう、一人でサンフランシスコに渡り、ホームシックと戦いながら実力を磨いた。2017年には、リオ五輪女王のバイルズも優勝している全米ジュニアの登竜門《USクラシック・ホープス》の10~12歳部門で優勝を飾った。

2020年 体操全日本選手権・決勝での演技(写真:森田直樹 アフロスポーツ)

コロナ禍による帰国、東京五輪延期で一気に日本代表候補に

アメリカの女子体操のレベルはいま世界一と言っていいだろう。競争が激しく、練習量も日本より多い。相馬は連日8時間の練習を重ね、パリ五輪でのアメリカ代表入りを目指していた。

「パリ五輪」を目指していたのは、2005年2月生まれのため、2020東京五輪には年齢が足りず出場できなかったからだ。ところが東京五輪が1年延期されたおかげで、東京五輪への挑戦が可能になった。

昨年1月にはアメリカのナショナルチームの練習に招待され、テキサスでチームに合流すると、実力が認められ、正式にトレーニング・キャンプに呼ばれた。世界女王のバイルズらと一緒に練習できる立場を得たのだ。アメリカ代表としてオリンピックに出る夢が近づいた。ところが、その直後に様々な出来事が重なって起きる。

世界はコロナ禍に見舞われ、練習や大会が次々に中止された。また、アメリカ代表になるにはアメリカの国籍(市民権)を得る必要がある。相談すると「1年半はかかる」との回答だった。折しも東京五輪が1年延期になり、相馬にもチャンスが巡ってきた。2021年東京五輪までにアメリカ国籍取得は難しい......。ちょうどその時期、両親がコロナ禍の影響で日本への帰国を決意する。日本でずっと経営しているお店に専念するためだ。それで生も一緒に帰国することになった。それでも当初はすぐアメリカに戻ることを考えていたが、朝日生命体操クラブとの出会いにも恵まれ、日本代表として東京五輪を目指す決意をしたのだった。

2021年4月に開催された体操全日本選手権にも出場した(写真:長田洋平 アフロスポーツ)

ターゲットは「3年後」パリ大会で花咲くか?

相馬生の魅力を、いま指導にあたっている朝日生命体操クラブの塚原直也総監督が話してくれた。

「大舞台に強い、失敗しない。それが何よりの強みですね。これは我々に教えられない才能ですから」

4月の全日本選手権では大きな失敗もなかったが、いまひとつ得点が伸びなかった。守りに入ったわけではないだろうが、伸びやかな演技が少し影を潜めた印象がある。

NHK杯に向けては、全日本選手権以上の得点をマークできるよう、技のバリエーションを増やす取り組みを重ねた。

5月15日に開かれたNHK杯、最初の跳馬で右ひざを痛め、次の段違い平行棒の着地で悪化させた相馬は競技が続行できなくなり、途中棄権となった。この時点で東京五輪出場の望みは消えてしまったが、トップ選手たちと一緒に緊張感あふれる最終選考会に出場した経験は大きな糧となるだろう。

棄権するまで、最初の跳馬は14.266で5位、次の段違い平行棒は13.400で2位の好得点だった。ケガがなければ、逆転の可能性を残していた。実力は改めて証明できたといえるだろう。次の平均台では全日本選手権の反省を生かし、技の難度やバリエーションを増やして勝負をかけていただけに悔しさが残る。

2021年体操NHK杯・前日練習の様子(写真:森田直樹 アフロスポーツ)

今回代表に選ばれたのは、優勝した村上茉愛(24歳)を筆頭にいずれも20代の選手たち。2024年のパリ五輪に向けて、今後は相馬が次世代の中心として活躍する期待が寄せられる。3年後は19歳。さらなる飛躍が楽しみだ。

(文・小林信也)

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