富永啓生 NBA・東京五輪目指す19歳、父とともに歩むバスケットボール人生

2020/12/23 10:00

2018年、バスケットボールの高校日本一を決めるウインターカップで、桜丘高のエースとして平均39.8得点、断トツの得点王に輝いた富永啓生。現在、アメリカで生活し、渡邊雄太(トロント・ラプターズ)、八村塁(ワシントン・ウィザーズ)に続き、NBA入りを目指す富永は、元バスケットボール選手の父・啓之さんに赤ん坊の頃からボール遊びをするエリートとして育てられた。ウィンターカップでの活躍から2年、延期により東京オリンピック出場が新たな目標に加わった富永選手と、父・啓之さんの親子それぞれに、トップアスリートとして育てることと、成長について話を聞いた。

2020年2月 レンジャー・カレッジの体育館にて(写真 青木崇)

ウインターカップでの大活躍からアメリカへ

ウインターカップで全国のバスケットボールファンにその存在を大きくアピールした後、富永は日本の大学に進学するのではなく、アメリカに挑戦するという決断をする。NCAA(全米大学体育協会)ディビジョン1に所属する大学への進学は叶わなかったものの、全米屈指の短大として知られるレンジャー・カレッジ(テキサス州)に進学し、すぐに結果を残した。
デビュー戦で5本の3ポイントを決めるなど19得点、2019年11月のビクトリア・カレッジ戦ではシーズン最多となる34得点の大爆発。その活躍に好印象を持ったネブラスカ大が2021年秋に3年生として編入できるように勧誘、富永は躊躇なく書類にサインし編入が決まった。
ネブラスカ大はNCAAの頂点に立った実績のある大学が数多く集まるビッグテン・カンファレンスに所属。身体接触の激しい攻防が繰り広げられることで有名なビッグテンで活躍できれば、富永が目指すNBA選手になるための道筋も開けるはずだ。

2020年11月、アメリカ生活を送る富永選手にZoomでのインタビューを行った(提供 青木崇)

赤ん坊のころからボールで練習、シュートを打つことが大好きな子どもに

日本代表として1998年の世界選手権(現ワールドカップ)に出場した父と、実業団でプレーした母、両親にバスケットボール選手を持つ富永は、バスケットボール選手になるべく生まれてきた。父の啓之さんは次のように語る。
「生まれる前からバスケットボール選手にさせたい、なってほしいというのがずっとありました。気持はエリートで、お座りしている段階から壁に小さなゴールをくっつけて、百均で売っているような柔らかくて小さなボールを入れさせる練習をさせていました。それが何かボールがあったら、シュートするという感覚が子供心についたのかなと、思いますね」
富永にとって最大の武器であるシュート力は、赤ん坊の頃からの遊びが原点。「ずっとボールと遊んでいましたね。蹴ったり、投げたりと、ずっと戯れていました。僕が小さい時はお父さんの試合を見て育ってきましたし、毎週のように見に行っていました。バスケットを始めるきっかけとなった人というのはありますね」と話す富永は、2006年まで現役だった父の試合を生で観戦することやNBAの映像をたくさん見ることで、シュートを打つのが大好きになっていく。

赤ん坊の時からボールに触っていた富永選手(写真提供 富永啓之)

「とにかくシュートを打つのが好きで、特に指導ということはしなかったです。熱中させるというか、NBAのユニフォームを着せたりはしましたが、後は好きにさせていたという感じです」という啓之さんのアプローチが、富永をバスケットボールの虜にさせる。ロサンジェルス・レイカーズのスーパースターだったコービー・ブライアントの映像を何度も見て真似することで、シューティング・フォームの土台を作っていった。
卓越したシュート力が身についた要因として、愛知県一宮市にあるディーナゲッツ愛知の存在も忘れてはならない。元々倉庫だった建物の中に半面より少し小さなサイズのコートがあり、ここで富永は数えきれないくらいシュートを打っていた。
「小学校の時から一般のリング(高さ305cm)、7号ボールで打っていました。そういう部分は中学校に入ってから(ボールの)重さとか(リングの)高さに迷わなかった部分もあったので、本当にいろいろと思い出のある場所です」(富永)
「体育館ってなかなか使える場所が限られているじゃないですか。ちゃんとしたコートがあればいいんですけど、外でさせるのが僕はあまり好きじゃなくて、時間があればここに来たいと啓生も言うし、僕も環境を常に与えたかった。本当にいい環境ができたと感謝しています。小学校の時は3ポイントがないんですけど、そのくらいの距離からシュートを決めていたので、もう出来上がっていました」(父・啓之さん)

父・啓之さん。2006年まで現役でプレー、1998年には日本代表として世界選手権に出場した。インタビューを行ったディーナゲッツ愛知にて(写真 青木崇)

試合でダメだった時は、めちゃめちゃ怒られた

バスケットボールがすべてと言う富永には、他にこれといった興味や趣味がない。普段は大人しい性格だが、一度コートに入ると喜怒哀楽を前面に出す選手へと一変する。父・啓之さんは「バスケットをやる前に人として挨拶や礼儀のところはずっと厳しく言いながらも、あとは表現力というか、喜怒哀楽を前面に出してやれと。悔しかったら悔しがるし、楽しかったら楽しいし喜ぶ、それが大事」という姿勢だった。しかし、プレーをあまり褒めなかったこともあって富永からするとちょっと怖い存在であり、中学生の時まで試合中に啓之さんのほうを見ることが多々あったという。
「試合でダメだった時に帰ってからめちゃめちゃ怒られましたね。あれは怖かったです。お父さんはダメなプレーをすると顔が変わるんですよ。ちょっとやばいなという時にチラッと見て、顔が変わっていると『あっ終わった...』みたいになるんです。家に帰る車の中が本当に地獄。一番ダメだった時は言われないように後ろの列に行って横になって寝ていました」

小学生の富永選手、1対1から貪欲に得点を狙う姿勢がすでに身についていた(写真提供 富永啓之)

飛躍への第一歩となったU16日本代表

富永にとってのターニング・ポイントは、桜丘高に入学する直前から急に身長が伸び始めたことだ。父は211cmの長身だが、中学入学時の身長が160cmに到達しておらず、卒業する直前でも172cmしかなかった。ところが、桜丘高入学時に176cmとなり、3年生時には185cmまで伸びたのである。そして、当時アンダーカテゴリーの日本代表でヘッドコーチを務めていたトーステン・ロイブル(現3X3日本代表ディレクターコーチ)との出会いは、2018年のU16とU18の代表選手としてFIBAアジア選手権で大きく飛躍するきっかけになった。父・啓之さんは次のように振り返る。
「U16に選ばれたのは、本当にターニング・ポイントじゃないかな。正直全国で活躍できていないし、身長も足りないとかあってなかなか目にかけてもらえなかったんです。それがU16から急遽選んでいただいて、チェコ遠征に行ってから成長のスピードというものが一気に急加速したのかなと感じています」

2018年、ウインターカップ準決勝。高校3年生の富永(写真 Naoki Nishimura AFLO SPORT)

富永自身も「U16最初のエリートキャンプから、バスケットボール選手として一皮剥けたかなというタイミングで、本当に変わりました。それまでは1回、高2の時にインターハイに出ていましたけど、高1の時はインターハイもウインターカップも出ていないので、あまり目立つ場がなかった。その中でU16の代表として海外遠征に行って、得点王を取れたということが自分の自信になりました」と語る。そして、アメリカに挑戦したいという思いが強くなったのはこの頃だった。
まったく英語ができないという不安を抱えながらも、富永がアメリカでやりたいと口にした時、父・啓之さんは「僕は行ってほしかったし、チャレンジしてほしかったので、それは率直にうれしかったですね」とその瞬間を振り返る。富永も「英語が喋れるようになったら、将来的にも役に立つかなというのもあって」と話すように、英語力はバスケットボール選手として向上するために必要な練習の一環と捉えるようになった。渡米から1年が経過したこともあり、今は「コミュニケーションが取れるようになって、こっちで生活していることが楽しくなってきています」と語る。

富永が通うレンジャー・カレッジでの練習風景(写真 青木崇)

東京オリンピック、代表入りのチャンスを掴みたい

一方、新型コロナウィルス感染拡大によって試合から遠ざかる生活を強いられているのも事実。「昨シーズンのナショナル・トーナメント(短大の全米選手権)が中止になったり、練習もまともにできない時もあって、大きな影響があったと思います」と語るように、今シーズンの開幕は1月からと例年よりも2か月以上遅い。3月4日のウエスタン・テキサス・カレッジ戦を最後に10か月以上試合から遠ざかっており、状況次第でシーズンが中止になることも考えられる。
しかし、ネガティブなことばかりではない。年明け後にシーズンが開幕し、昨シーズン以上の活躍ができれば、2021年の東京オリンピックに出場の可能性もあるのではないか。
昨年開催国として出場した2006年以来のFIBAワールドカップ、バスケットボール日本代表は世界との差をまざまざと見せつけられての5戦全敗。3ポイントシュート成功率は出場した32チーム中27位の28.7%に終わっている。
富永を代表に入れるには若すぎるし、実績もないという声もあるだろう。しかし、シュート力に関しては世界に近い選手であり、本人も「自分の人生の中で1回あるかないかという自国開催のオリンピックです。こんなチャンス滅多にないと思うので、掴めるように頑張りたいです」と意欲を示す。

2020年、一時帰国時の富永(左)と父・啓之さん(右)、シュート力の土台を作ったディーナゲッツ愛知で(写真提供 富永啓之)

富永が最も好きなNBA選手は、シュート力を武器にスーパースターとなったステフィン・カリー(ゴールデンステイト・ウォリアーズ)。カリーが来日した際にイベントで一緒に過ごす時間をもらい、実際に話をできたことで大きな刺激を受け、もっと努力していい選手になりたいという意欲が強くなっている。
「カリーは元々大学の時そんなに注目されていた選手じゃなく、最後の大会(2008年のNCAAトーナメント)で注目されたということで、僕と似た部分もありました。そこで自分がアメリカの大学に行くと伝えて、"どういうメンタルでいたらいいか?"ということを聞いたら、"ケガがあったり、コーチが試合に出してくれない時もあると思うけど、その壁を乗り越えたら次のステップが待っているから"と言われました。その言葉を覚えています」
東京オリンピックの日本代表メンバーの座を勝ち取り、4連覇を狙うアメリカと対戦する機会があれば、大好きなカリーとのマッチアップが実現するかもしれない。富永啓生はそんなことを考えたくなるくらい、大きな可能性を秘めている。

(取材・文 青木崇/取材協力 ディーナゲッツ愛知)

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