「リオの時はまだ迷いがあった」バドミントン・リオ銅メダルの奥原希望が語る東京五輪への手応え

2020/11/25 10:00

リオオリンピックで、日本人として初めてシングルスでのオリンピックメダル獲得を果たしたバドミントンの奥原希望。翌年には世界選手権で優勝、2019年には世界ランキング1位に輝いた奥原は、地元開催となる東京オリンピックで真の女王になるべくあらゆる努力を惜しまない。2018年12月に行った「プロ宣言」、いまもなおスケジュールが流動的なワールドツアー、そして、オリンピックへの道筋、金メダルへの手応えを聞いた。

試合漬けの日々からは考えられないくらい練習に集中できている

――新型コロナウイルス感染拡大に伴い東京オリンピック延期をはじめスポーツ界も大きな影響を受けました。世界バドミントン連盟(BWF)の主催するワールドツアーなどの国際大会、国内大会、日本代表合宿も行えない数カ月でしたが、どのように過ごしていましたか?

オリンピック延期に関しては報道で目にしたのが最初でしたが、自分の中ではある程度覚悟はしていたというか、その時は「ああ、やっぱりな」と、割とすんなり受け止められたという感じでした。それ以前から、選考レースの対象試合も含めて、大会が次々に中止になっていく中、日本国内でも感染者が増加していて「スポーツができる状態じゃない」という感覚もありました。

延期が決まってからもなかなか競技再開のめどが立たず先が見えない状態が続きましたが、「延期になった1年にはきっと意味がある。自分のプラスにできるように毎日を過ごす」と切り替えて取り組むように心がけました。

――緊急事態宣言下では練習も自粛、代表合宿も9月に久しぶりに行われたという状況ですが、練習環境はどうなのでしょう? こんなにラケットを握らなかった期間というのも珍しいのでは?

試合に関しては、現在も「試合ができそう」という情報があってもやっぱりなくなってしまうというような、二転、三転している状況ですが、練習はずっと続けています。緊急事態宣言が明けてからは、使用する体育館のガイドラインにのっとって感染対策を行い、人数や時間を制限しながら徐々に練習を再開していきました。

ただ、練習に関しては、こんなに思いきり練習に集中できていることってないというくらい充実しています。というのも、バドミントンはワールドツアーや世界選手権などの国際大会、国内大会を転戦しながら、うまくコンディションを合わせてその時々の課題を克服していくシーズンを繰り返しているんです。練習だけに集中して取り組む時間がなかったので、この期間に思いきり自分の課題に取り組むことができています。

2020年10月に行われたデンマークオープンでは優勝を果たした(写真:ロイター アフロ)

リオでの迷いを断ち切るために「沈める球」を身につける

――現在、課題にあげて取り組んでいることは具体的にはどういうことですか?

リオオリンピックの時は、本当にがっつりディフェンス型で、「がまん比べ」みたいなプレースタイルだったんです。そこから「1点を自分で取りにいく」スタイル、受け身ではなく自分から仕掛けて先手を取っていくような攻撃的なプレースタイルを身につけるという課題にずっと取り組んでいます。

自分から仕掛けるとなると当然リスクも伴うのですが、試合の中で「ここは行ける」「ここは行くべきじゃない」というプレー判断、感覚の部分をもっと磨いていかなければいけない。リオの時はまだ迷いがあって、判断や感覚の差が最後の準決勝戦で勝てなかった原因だったのかなと思っています。

リオオリンピック準決勝後のシンデュ・P.V.(インド)と奥原希望(写真:ロイター アフロ)

――自分から能動的に仕掛けていくプレースタイルを実現するためには技術面でどんなことが求められるのでしょう?

もともと自分のプレースタイルはフットワークを生かしたストロークタイプです。アグレッシブに攻めていくスマッシュや、上から沈めていく球のクオリティーは世界のトップ選手と比べると全然だったんですね。スマッシュで相手にプレッシャーをかけられればストロークも生きてきます。

沈める球を打つためには、いい体勢でシャトルの下に入る必要があるので、コート内でのスピードとそれを実現するフィジカルが必要になります。その部分は、この期間中に本当に徹底して取り組みました。

フットワークには定評があり、コートカバー力は世界でも評価されている(写真:YUTAKA アフロスポーツ)

――もともとの強みに加えて自分から積極的に決めていく球を打つためのフットワークを磨いていく感覚ですか?

フットワークとラケットワークをフルに使って、対戦相手がどんなプレースタイルでもそれに対応していくというベースは変わらないと思うんですね。ただ、打ち合いながらでも沈めていく球を有効に使って相手にプレッシャーを与えることができれば、そこから自分主導で先手を取って、展開を変えることができるんじゃないかと。

先手を取るためには、相手のショットに合わせて動いて球を拾うだけではなく、自分から球に向かっていく必要があるんです。試合で実践できる環境にないのでそれがどこまでできるようになったのかは未知数ですが、球に向かっていくスピードとかフィジカルは、今までとは違う自分になれているんじゃないかと。

プロ宣言、苦しかった2019シーズン、すべては東京での金メダルのために

――実戦で試すのが楽しみですね。コロナ禍以前の話になりますが、2019年は世界ランキングで1位に輝いた一方で、ワールドツアーでは準優勝6回、優勝はなしという結果でした。評価の難しいシーズンだったと思うのですが、ご自身ではどう捉えているのでしょう?

昨シーズンは1回も世界のタイトルを取れなくて、自分の中では勝てなくて、もどかしくて、難しいシーズンでした。目の前の大会で勝ちたい気持ちと、東京オリンピックで勝つために取り組んでいる課題の克服を優先させたい気持ちの両立が難しくて......。これまで勝てていた選手、勝つべき選手には勝ち星を重ねることはできたんですけど、最後の最後で勝ちきれないところがありました。決勝までは行くんですけど最後の一歩のところで自分の中で迷いや葛藤があって、やっぱり勝てない。苦しい1年だったなとは思います。

――2016年のリオオリンピックで銅メダル獲得、次の東京では金メダルを目指すと公言されてきました。2018年のプロ宣言も金メダル獲得のための準備の一環だと思いますが、プロ転向がプレーに与えた影響は?

リオが終わって「次は東京」となった時に、もちろん金メダルを取るためにやるんですけど、でも100%確実に取れるという保証はどこにもない。自分はこれからの4年間で何を重視したらいいんだろうと考えた時に、どんな結果になっても自分が後悔しない4年間を過ごしたいと思ったんです。

その時に頭に浮かんだことが2つあって、1つは自分がプレーをする環境のこと。バドミントンは、日本代表としての活動が年間250日以上、そこに加えて国内の試合、企業の団体戦が2つと個人戦が1つ間にあって、本当に休みがないんです。

2018年12月、都内のホテルにてプロ転向記者会見を行った(写真:YUTAKA アフロスポーツ)

海外の選手は国際大会のない期間に休みを取ったり、足りない部分を補強するトレーニングを積んだりできますが、日本のカレンダー通りに動いているとその時間も取れません。両ひざのケガ、手術を経験している自分としては、シーズンをフルに戦うことでまずケガのリスクが伴う。ケガのことを気にしていると、自分のプレーレベルをもうワンステージ、ツーステージ上げたいという時に、やっぱり上げられないんです。ケガをしないようにケアしているうちに、現状維持が精いっぱいになってしまう環境を変えたいなと思ったんです。

もう1つは、今後のバドミントン、特に次世代の子たちのための選択肢を増やしたいという思いです。これまでにもバドミントンのプロ選手はいましたが、コーチの雇用も含め、すべて自分が責任を持って、プロとして活動していく選択肢を示したいなという思いがありました。プロ宣言は、いろいろな責任を感じながら自分が一歩踏み出すために必要な決断だったと思います。

――1年延期にはなりましたが、準備を進めてきた東京オリンピックがいよいよやってきます。

この1年はやっぱり特別な1年で、自分としてもいろいろなことを考えさせられました。ただ、延期になった1年は、自分にとっては「ボーナスステージ」だと思えるくらいこれまでのところ、一日一日を大切にできている実感があるんです。自粛期間が明けて、練習を再開して約半年がたちましたが、この半年ですごく大きく成長できたし、プレー面でも本当に大きく変われたと自信を持って言えます。

国際大会も徐々に再開していますが、東京オリンピックまでの残された期間もこれまで積み重ねてきたことを継続して、後悔なく舞台に立てるように過ごしていけたらいいなと思っています。

(インタビュー・大塚一樹)

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