梶谷翼 ゴルフ女子アマ1位、母娘が語るコロナ禍での成長

2020/11/18 10:46

日本アマチュアゴルフランキング女子1位で、ナショナルチームのメンバーでもある梶谷翼。高校2年生にして将来的にはプロの第一線で活躍が期待される逸材だ。しかし、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、2月以降に予定されていた試合が全て中止となり、完全に目標を失った。モチベーションが低下し、この先何を目指していけばいいか分からなくなったという。陰で支えてきた両親は、そんな娘の心境の変化を敏感に感じ取っていた。梶谷親子が乗り越えてきた悩みや葛藤、コロナ禍で新たに見えてきた目標について聞いた。

(提供:日本ゴルフ協会)

スポーツの世界においてアマチュアからプロの世界に飛び込み、すぐに結果を残せる選手は多くない。ただ、女子ゴルフには実力のバロメーターとなる「アマチュアゴルフランキング」がある。これはプロになったあとに「活躍できるであろう」一つの指標になる。現在、同ランキング1位の梶谷翼選手は、日本ゴルフ協会(JGA)が選出するナショナルチームメンバーで、将来有望なゴルファーの一人でもある。

小中学生時代から数多くの国内のゴルフ選手権を制覇した梶谷選手は、2019年の日本の女子ゴルファーナンバーワンを決める日本女子オープンゴルフ選手権で9位タイに入り、ローアマチュア(出場したアマチュア選手の中でトップの成績)を獲得した。

しかし今年10月の同大会では昨年の好成績とは対照的に、通算55位タイで終わる。もちろん梶谷選手は納得していなかった。「試合の感覚がかなり抜けていて、体力も技術面も去年よりも落ちていた。自粛中に十分な練習や試合ができなくて、モチベーションを上げられませんでした」
新型コロナの影響を受けにくいと思われている屋外競技のゴルフだが、アマチュアの大会は、相次いで中止、さらにナショナルチーム(日本代表)の一員として出場を予定していた2月の「アジアパシフィック女子アマチュア選手権(タイ)」の延期の知らせが出発前日に届き、「翌日には熱を出して寝込んだ」ほどショックを受けた。一番楽しみにしていた4月の「オーガスタナショナル女子アマチュア」も中止になった。

2019年 日本女子オープンゴルフ選手権、優勝した畑岡奈紗選手(右)と記念撮影(提供:梶谷真意さん)

コロナ禍で、どこに意欲を向けていいのか分からなかった

当時の梶谷選手の様子について、母の真意(まい)さんが振り返る。「もう全ての試合がなくなるんだろうなって、気持ちになっていたと思います。モチベーションは上がらなかったと思いますが、2月から6月まで地元岡山に帰って、家の近くの練習場で調整していました」。もちろんコロナ禍の影響で練習環境は十分ではなかった。「基本的には家の近くのゴルフ場に行って200球くらいを打つだけでした。ラウンドができる日は9ホールだけ回ったりしましたが、ゴルフ場のお客さんが多い時や、雨が降ったりすると行けなかったので、毎日は練習ができませんでした」(梶谷選手)

梶谷翼選手

そんな娘を見ながら、真意さんは親の立場としてはどうアドバイスすべきか悩んだという。「自発的に走りに行ったり、家で体幹を鍛えたりはできますから、ほかの選手は、学校が休みの期間は、朝から晩まで練習をしているだろうと思っていました。翼には『やってほしいな』と言っていましたけれど、本人はそこまで深刻に受け止めていなかったみたいです。練習から帰ってきたら、あとは自分の好きな楽しいことを家の中でやっていました。私はもうこれはまずい。どうにかしなくちゃ、とは思っていました」

母の焦りとは裏腹に、梶谷選手は現実逃避をするかのように、ゴルフとプライベートを完全に分ける生活が続いた。ただ、その胸中は心配だらけだった。「自分もやらないと、ほかの選手に差をつけられると思ってはいたんですが、目に見える目標がないとどこに意欲を向けていいのかが分からなくて、なかなか実践できなかったです。来年のプロテストに向けて、今からベストのコンディションに持っていけるのかと心配はあります」

子どもをプロにさせるなら、お父さんはゴルフをやめたほうがいい

梶谷選手とゴルフとの出合いは7歳くらいの時、父の教義(たかよし)さんに練習場に連れていってもらったのがきっかけだ。こんなエピソードを教えてくれた。

ゴルフをはじめた7~8歳ころの梶谷選手(提供:梶谷真意さん)

「ある日、私とお父さんが打席で打っていたら、知らないおじさんに『子どもをプロにさせるつもりなら、お父さんはゴルフをやめたほうがいい』って言われたんです(笑)。そして次の日、本当にゴルフをやめました」。真意さんもかなり驚いたというが「最初はすごく怒っていたものの、ゆっくり考えて、理解したみたいです。子どもが親のスイングを見たり、真似るとよくないということなんでしょう」と笑う。

ただ、最初からプロにさせようと思っていたわけではない。「家族みんなでゴルフができたらいいね、という程度でしたが、気付いたらのめり込んでいました」と言う。

両親がプロになれるかも、と思い始めたのは、梶谷選手が小学生の時に出場した世界ジュニアゴルフ選手権の予選だったという。「たまたま夫がネットで大会を探していたんです。そしたら千葉で世界ジュニアの予選があるので、家族旅行を兼ねて行ってみようとなって。ほぼ初めての試合だったのですが、ハーフを回り終えたらトップだったんです」(真意さん)1位にはアメリカで行われる世界大会出場の権利が与えられるが、終えてみれば2位。上々の結果に両親はビックリしたというが、当の翼さんは「とても悔しかったのを覚えています。それから来年こそは出たいと強く思ったんです」と懐かしむ。

その後は、8歳の時に出場した2012年キャロウェイ世界ジュニアゴルフ選手権で優勝。2015年は全国小学生ゴルフ大会も制した。さらに2015、2016年のIMGA世界ジュニアゴルフ選手権で連覇。大会で結果を残すたびに、実力は大きく伸びていった。

準優勝した2011年 世界ジュニアゴルフ選手権 予選で、父・教義さん(右)と記念撮影(提供:梶谷真意さん)
2012年 アメリカ・カリフォルニア州で行われたキャロウェイ世界ジュニアゴルフ選手権で優勝(提供:梶谷真意さん)

両親にゴルフのことで色々と言われ続けるのは嫌

"世界"が見えるようになる中、真意さんは「子育てに関しては、悩みながらも試行錯誤していました」と振り返る。
「練習量や取り組み方を学んで、意識的に取り入れていました。友達は遊びに行っても、翼には練習させていました。どれくらいの練習をすれば(年代別の)日本一になれるのかは、だいたい分かるようになったので、そこに持っていけるようにサポートしてきました」

梶谷選手に「お父さんのスイングを見ていなくて良かった?」と聞くと、翼さんは「記憶になくて正解だと思います。お父さんは遠くに飛ばすことが全てだと思っているからダメです(笑)」と、ベストスコア80台の父の実力を認めない。家で両親とどんな話をするのかについて聞くと、「ゴルフの話しかしないから、色々と言われ続けるのは嫌」とキッパリ。隣で話を聞いていた真意さんは「そうなのかなぁ」と苦笑い。ゴルフをきっかけに親子で成長していく仲睦まじい光景が目に浮かぶようだった。

同じくジュニアゴルファーとして活躍している弟・梶谷駿選手(手前)と練習中の梶谷選手(7~8歳ころ 提供:梶谷真意さん)

「落ちるところまで落ちて」気付けたこと

梶谷選手は試合に出続けることで実戦の中で成長し、意欲的にモチベーションを上げていくタイプ。「ただ、それだけでは成長できないということも分かりました」と試合が中止になったことで、「新たに気付けたことがあった」と言う。何もできないことを環境のせいばかりにしてはいられない。与えられた状況で、どれだけベストを尽くせるか――。梶谷選手自身が「このままではダメになる」と自発的に動き始めたのは、大きな成長だった。「もう落ちるところまで落ちてしまったという感覚があるので、練習量を増やして、トレーニングも積極的にするようになりました。この先の大きな目標である、プロテスト(梶谷選手が受けられるのは2021年9月の予定)に向けて、全力で前に進んでいきます。プロで活躍できるレベルまで持っていけるように、心技体の全てを鍛え直したいと思います」。
真意さんも「新型コロナのせいで、色々と予定していたことが狂い始めていて、思うこともあります......。でも、新たに気付いたこともたくさんありました。これをきっかけにもっと成長していってくれたらと思っています......」と言葉を詰まらせる。

梶谷翼選手の母・真意さん

2024年、パリ五輪も視野に

「できれば早い段階からアメリカでプレーしたい」と将来の夢を語る梶谷選手。世界で活躍する日を夢見るのは、スコットランドにある"ゴルフの聖地"、セント・アンドリュースでラウンドした時の楽しさが忘れられないからでもある。

「18ホールを回ったのはイーデンコースなのですが、2ホールだけ、オールドコースをラウンドさせてもらったんです。日本のコースと違って、高い球を打ってフェアウェイに置いて、というゴルフはやっぱり通用しないんです。風やフェアウェイの形状をよく知る必要がありますし、ピンを狙うだけではなくて、その奥のコブにいったん当ててから戻したほうが寄るとか。とにかく頭を使うんです。海外のコースはバリエーションが多くて、そのほうが好きです」。興奮気味にコースのことを話し始めると止まらない。それくらいゴルフが好きでたまらないのだろう。だからこそ、ここで留まっているわけにはいかない。

「まだ先の話ですが、2024年のパリ五輪ももちろん視野に入れています」(梶谷選手)。4年後は20歳。"翼"を広げいつか世界に羽ばたく自分を想像しながら、これからも前に突き進む。

梶谷翼選手の母・真意さん(左)と梶谷翼選手(右)

(インタビュー・写真=金明昱)

競技紹介

${list[returnRandomCount].credit}

${list[returnRandomCount].eventName}

${returnCompetition(list[returnRandomCount].eventId)}

${list[returnRandomCount].text}

競技一覧

おすすめ情報