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「準備期間が増えた」東京パラでブレイク必至の知的障害者水泳・東海林大

2020/7/5 9:19

挫折を乗り越えて掴んだ東京パラリンピック切符(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

オリンピック同様に、パラリンピックでも注目度の高い水泳。200m個人メドレーの世界記録保持者であり、東京2020パラリンピックでブレイク必至なのが、知的障害クラスの東海林大(とうかいりん・だい)だ。昨年9月にロンドンで開催された世界パラ水泳選手権で夢舞台への切符を手にし、複数種目でメダルが狙える位置にいる。パラリンピックは約1年延期される見通しとなり、開催自体も危ぶまれているが、4歳の頃から通う地元・山形のスイミングスクールで来る勝負の日を見据えてひたすら泳ぎ続ける。そんな21歳が歩む、起伏に富んだこれまでの競技人生を振り返る。

軽度の知的障害と診断された4歳のとき、水泳と出会う

1999年、山形県山形市生まれ。未熟児で生まれ、両親の「大きく育って」という願いから「大」と名づけられた。その後、すくすくと育ったが、幼稚園に通い始めて間もなく、言葉を発せず指示を理解できないことから、専門機関の受診を勧められる。東海林は3月生まれだったため、両親には「少し成長が遅れているだけだろう」との思いもあった。だが、4歳半のとき、予約が取れた山形県立総合療育訓練センター(現・山形県立こども医療養育センター)で診察を受け、軽度の知的障害(自閉症スペクトラム)だと判明した。

東海林は何もしゃべらない。家族にとってその時どう感じているかを読み取ることが難しかった。それでも試行錯誤しながら、コミュニケーションを図り、知的障害の診断前と変わらず、できるだけ本人の意思を汲み取りながら成長を見守った。

母は、東海林の幼少時を振り返ってこう語る。
「自分がこうしたいと決めたらテコでも動かない。とにかく意志の強い子どもでした。例えば、砂場遊びに夢中になり、日が落ちても遊び続けるのでやめさせようとしても必死に抵抗し、ブロック遊びが楽しければ夜中3時までやり続けることもありました。本人の中で完結しないうちは途中でやめることはないので、気の済むまでとことんやらせることにしました」

そんな東海林が水泳に出会ったのは、4歳の夏。一つ上の兄とともに、スイミングクラブに入会した。もともと水遊びが大好きで、休日に家族と出かけた先に小川や噴水を見つけては一目散に飛び込み、お風呂でもダイブを繰り返していたほどというから、スイミング通いを楽しんでいたのは想像に難くない。

当初は遊びに行く感覚だったが、全国中学体育大会に出場した兄の姿に影響され、次第に選手としての気持ちが芽生えていった。小6の冬に育成コースから選手コースへ。全国大会に出場するという目標を掲げ、中学では兄と同じ水泳部にも入部。他の部員と同じハードなメニューをこなした。

2017年ジャパンパラ大会決勝(写真:田村翔/アフロスポーツ)

「健常者の中で頑張らなくちゃ」と力んでいた中学時代、転機は

小中学校は普通校の特別支援学級に通った。療育センターの訓練を受けた結果、少しずつ言葉を発するようになり、小4の頃には独特な話し方ではあるものの会話が成立するようになっていた。

そんな中、目標に向かって水泳に明け暮れた日々は東海林に自信を植え付けた。しかし、現実は厳しく、全国中学大会出場という夢はついに叶わなかった。

その後、水泳から少し足が遠のいた時期もあった。だが、東海林の生活にプールは欠かせない。「プールは無重力で宇宙みたいだし、ひんやりとして気持ちいいんです」。

転機は、上山高等養護学校に進学した1年目の冬に訪れた。周囲の勧めで出場したJSCA全国知的障害者水泳競技大会の50m、100m自由形で大会新記録を樹立して優勝を果たしたのだ。何よりリラックスしてのびのび泳げたことが好タイムにつながったという。自分らしく楽しめたときにいいパフォーマンスができる――中学時代は「健常者の中で頑張らなくちゃ」と必死だったあまり、知らず知らずのうちに力んでしまい、楽しめていなかったと気づいた。

こうして2014年にパラ水泳デビューを果たした東海林は、翌年から世界で戦うようになった。幼いころから水泳に親しんできたゆえに水を捉える感覚に優れており、ひとかきでしっかりと水をキャッチできる。そんな長所を生かし、自由形の日本記録を塗り替えた若手ホープが最高峰のパラリンピックを目指すのは自然な流れといえた。

2015年ジャパンパラ200m自由形、200m個人メドレーで1位を獲った(写真:アフロスポーツ)

悪夢のリオパラリンピック選考会

2016年3月。静岡県富士市で行われたパラ水泳春季記録会は、9月のリオパラリンピック出場選手を内定する選考会も兼ねた重要な大会で、パラ水泳として初めて、派遣標準記録を突破した選手がそのまま内定する一発選考の大会として大きな注目を集めていた。実際にプールサイドにはかつてない数の報道陣が詰めかけ、熱気漂う会場は張り詰めた空気に包まれていた。

知的障害の選手は慣れない環境に動揺しやすく、感情をコントロールすることが難しい場合がある。最もパラリンピックに近いと期待されていた東海林は、3種目に出場して惨敗。周囲の異様な雰囲気と重圧を感じて集中力を保つことができなかった。

帰りの新幹線に乗った東海林は、山形に到着するまで声を上げて泣いていた。後に、母は「かけてあげる言葉が見つからず、背中をさすることしかできなかった」と悲痛な面持ちで教えてくれた。

しかし、同年6月の日本知的障害者水泳選手権大会では200m個人メドレーで日本新記録をマーク。2017年のパラ水泳春季記録会では、200m自由形と個人メドレーで優勝し、前年と同じ会場における大会で悪夢を払拭するなど復活を遂げた。そして、2018年にはワールドシリーズ・イギリス大会に臨み、100mバタフライで55秒72の世界新記録(当時)を樹立した。

2016年の日本知的障害者水泳選手権大会では日本新をマークした(写真:アフロスポーツ)

「遠征は同じ強化指定選手やライバルと交流できるからすごく楽しい。とくに海外はプレッシャーが軽く感じるばかりでなく、朝食にシリアルやフルーツなど好きなものが出てくることもあって(笑)気持ちがすごくのるんです」

障害ゆえ、どんな環境でも動じない心を養うのは難しい。今でも感情の波はあり、不安はつきまとう。試合が近づくと眠れなくなることもある。それでも、気負わなければ存分に力を発揮できることを東海林は体で覚えていった。

自国開催の東京パラリンピックは少しずつ迫ってくる。大会で1位になると勢いで金メダル宣言をしてしまうこともあるが、インタビューなどで意気込みを聞かれても「今はまだわからない」と東京大会について語ることは極力避けてきた。

無理に頑張ろうとするのではなく、できるだけ考えない。疲労が蓄積するとネガティブな言葉が口をついて出そうになるが、おいしいものを食べたときのスマホの写真を見返したり、絵を描くなど好きなことをしたりしてのんびりと過ごすように心がけているという。

2017年から指導する山形ドルフィンクラブの佐々木賢二コーチも、内心、「彼にはそれだけの力がある」と東京パラリンピックでの複数メダルを期待するが、「一つ一つ弱点を克服していってもらえたら」と決して焦らない。さらに、清掃業務に携わる職場の老人ホームでも、入居者やスタッフらが温かく見守ってくれている。

世界新記録で掴んだパラリンピックの内定

実に16年間通い慣れたスイミングスクールで週6日の練習に励んだ東海林は、2019年9月、東京パラリンピックの前哨戦となる世界選手権へ。100mバタフライこそ他の選手に自分の世界記録を塗り替えられる悔しい銅メダルだったものの、200m個人メドレーの決勝では自分の泳ぎに集中して首位でフィニッシュ。2分8秒16の世界新記録を打ち出すと、力いっぱい水面を叩いて水しぶきを上げ、渾身のガッツポーズをして見せた。

この日の優勝により、東海林は日本知的障害者水泳連盟の方針で東京パラリンピックの日本代表に内定。一発選考の記録会を待たずに、最高の形で大舞台への切符を掴んだのである。

水泳を通して伝えたいことは? 以前、そう問いかけたところ、東海林は淀みなく答えた。
「楽しむことが一番!」

そして、こう続けた。
「東京パラリンピックも遊ぶ感覚で水泳ができたら最高かなと思います。でも、そううまくはいかないですよね......」

3月。新型コロナウイルスの世界的な感染拡大を受けて、パラ水泳の大会も中止になり、東京パラリンピックも延期されることになった。予定が大幅に狂ったことで精神的な影響こそあったが、幸い普段と変わらないプールでの練習を続けられている。

「1年の延期は『準備期間が増えた』と前向きに捉えています。一日一日の練習をしっかり積み重ねることが大事。これからの国内や海外での遠征が楽しみで、じっとしていられません!」

夢に破れたり、挫折を味わったりしようとも、小さな自信をコツコツと積み上げれば何度だって立ち上がれる。そう感じさせてくれる東海林の競技人生は、まだまだ続く。そして東京パラリンピックが開催された暁には、フィニッシュ後に喜びを爆発させるその姿で、私たちの心を揺さぶるに違いない。

(文・瀬長あすか)

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