東京オリンピック・パラリンピック延期後の日程を更新しました。聖火リレーの日程は公式情報が発表され次第更新します。

「もう少し頑張った先」に待つ東京五輪へ トランポリン界のニューヒロイン・森ひかるの意外な素顔

2020/6/24 9:38

東京五輪に内定しているトランポリン・森ひかる選手(写真:アフロ)

気がつけばこちらまで笑顔になっている。周囲を幸せな気持ちにすると形容したくなる、キュートで天真爛漫な立ち居振る舞い。しかし、そんなトランポリン界のニューヒロイン、20歳の森ひかる(金沢学院大学クラブ)の内側には、意外にも映る2つの素顔が力強く脈打っている。

何にでも好奇心を示す勇敢な挑戦者と、負けず嫌いの性格が色濃く反映される勝負師。2つが密接に絡み合い、相乗効果を成した結果が2019年の世界選手権個人戦で勝ち取った史上初の金メダルであり、東京五輪代表内定という吉報であり、自国開催の大舞台における金メダル候補という期待だった。彼女のこれまでのエピソードから、その強さの秘密と素顔に迫る。

トランポリンとの出会いはスーパーマーケットの屋上

東京都足立区で両親と4歳年上の双子の兄に囲まれながら、伸び伸びと育ってきた森。当時4歳だった少女とトランポリンとの出会いは、近所にあったスーパーマーケットの屋上だった。200円で7分間跳べる子ども用のトランポリンに、大いなる好奇心を抱いたことがきっかけだった。

「自分でもよく覚えていないんですけれど、母親の買い物でスーパーマーケットへついていって、終わった後に屋上にあったトランポリンで跳んだのが初めてだったと聞かされています。跳びはねることがすごく楽しかったみたいで。制限時間が終わっても、すぐにまた跳んでいたみたいですね」

それまではまったく知らなかったトランポリンというスポーツに、すっかり魅せられてしまったのだろう。すぐに地元のスポーツクラブの門を叩いた。しかし、しばらくして別のクラブへと移っている。好奇心と負けず嫌いとが相まって、子ども心に移籍を決断したのだった。

「最初のクラブの先生が、宙返りを教えない方針だったんですね。でも、実際にトランポリンの試合に出て宙返りをしている選手たちを見ると、私も宙返りをしてみたいと思ったんでしょうね。そういうこともあって別のクラブに移りましたけれど、最初のクラブの先生はすごく厳しくて、基本をしっかりと教えてもらったことが、後になって生きたと思っています」

同じ時期にトランポリンを始めた2人の兄が、最初のライバルになった。しかし、年齢や性別の差だけでなく、体格もまったく違っていた兄たちは、どんどん高いレベルのクラスに進んでいった。長兄の晴太郎さんは高校生の時に、全日本のジュニア強化選手にも選出されている。

「私、ものすごく負けず嫌いなんです。小さな頃は兄と同じ技で跳んでいましたし、兄よりも上手くなりたい、兄よりも先に技を覚えたいと、いつも考えていたぐらいなので」

負けず嫌いだという森。2014年川崎市長杯ジャパンオープン部門で(写真:アフロスポーツ)

飛躍のきっかけは大技「トリフィス」との出会い

トランポリンに夢中になっていた少女を、将来のオリンピアン候補へと昇華させた出会いは小学校6年生の時に訪れた。成功させれば難度点を大幅にアップさせ、世界の一流選手の仲間入りも果たせる「トリフィス」と呼ばれる大技を知った時だった。

「その時はトリフィスを跳べる日本の女子選手が少なかったということもあって、じゃあ私がやってみようと思ったんです。バンジージャンプのように身体を吊る、ロッジと呼ばれる補助器具がクラブにあったので、できそうかなと思ったんですね。それでロッジをつけて挑戦してみたら、成功したんです」

トリフィスは、宙を舞っている間に前方へ3回転し、最後の回転時に身体を半分捻る技だ。女子のトップ選手で最高到達点が約7メートル、滞空時間が2秒弱となる。この間に縦回転と横回転を組み合わせ、さらに足からしっかりと着地する。

これだけでも難易度の高さが伝わってくるが、トリフィスはさらに、前方回転している時の姿勢で3つに分けられる。両ひざを曲げて胸の前で抱え込むのが抱え型姿勢(タック)、両ひざを曲げずに両手で抱える、例えるならエビのような形になる屈身姿勢(パイク)、そして身体を真っ直ぐに伸ばした伸身姿勢(レイアウト)だ。

大技に挑む森。写真は2019年の世界選手権時のもの(写真:田村翔 アフロスポーツ)

森はのちに「トリフィスの中でも最初にタックが、次にパイクができるようになった」と語るが、2013年11月の全日本トランポリン競技選手権大会を史上最年少となる14歳で制した時には、自身の存在を一躍知らしめたものの、まだ実戦でその2つを取り入れるレベルに達していなかった。

連覇を狙った翌2014年の全日本選手権では、タックとパイクのトリフィスを披露。ともに成功はさせたが、最後のジャンプの着地時に転倒してしまう。「練習でもあんな失敗はしたことがなかった」と今でも首をかしげるほどの失敗が大きく響いて、7位に終わっていた。

残る3つ目のトリフィスであるレイアウトについては、都内の高校へ進学した直後の2015年春、「伸身姿勢で3回転宙返りとなると、女子ではまず回れないんですね。伸身の前方2回転宙返りができる女子選手もそれほど多くないので。男子の選手は跳んでいますけど、高さも必要になってきますし、女子は筋力も全然違ってくるのでかなり難しくて」と、熱く語ってくれた。

あえて武器の「トリフィス」を封印した理由

競技は、100本を超えるスプリングで周囲のフレームと結ばれた、縦4.28メートル、横2.14メートルの「ベッド」と呼ばれるシートの上で行われる。ベッドの中心に近い着地を続ければ移動点のトータルも高くなり、同時にベッドへ深く沈むことで生じる反発力を次の跳躍へ生かして高く舞う。

10本を続けて跳べば、300メートルを全力疾走するのと同じぐらいのエネルギーを消耗するという。さらに前述した最高到達点の7メートルは、ビルの3階の高さに相当する。少しでも恐怖心を抱けば演技が乱れ、体重の10倍もの負荷がかかるとされる、着地時の危険度も増してくる。

実際森は小学校4年生の時には着地の際にバランスを崩し、左ひじに粉砕骨折の大けがを負った苦い経験も持っている。

「少しでも自分の感覚と異なったりすると、次のジャンプが怖いと思う時ももちろんあります。それでも最後は自分がやるしかないので、跳び始める前に『できる、できる、できる』と自己暗示をかけたりしていますね」

笑顔を浮かべながら、そう明かしてくれた森は、高校1年生の秋に競技人生を大きく変える決断を下している。トランポリンが盛んなことで知られる石川県の強豪校、金沢学院東高(現金沢学院高)への転校だ。父親や兄と離ればなれになり、母親の美香さん、よく跳びはねることで『ジャンプ』と命名された愛犬トイプードルとともに見知らぬ地へ移り、さらなる成長を思い描きながら勝負をかけた。

師事したのは金沢学院大学クラブの監督で、日本体操協会トランポリン女子強化本部長を務める同校OGの丸山章子氏。トランポリンが正式種目に採用された2000年のシドニー五輪で、6位に入賞した実績を持つ第一人者との間で、トリフィスを当分封印することを決めた。

トランポリン競技はただ単に跳ぶだけではない。10本のジャンプを連続且つすべて異なる技で跳んだ上で、前出の難度点だけでなく、技の美しさの演技点、滞空時間の長さの跳躍時間点、そして着地の正確さの移動点の合計で順位を競う。いくら大技で難度点を稼いでも、トータルで高得点を弾き出さなければ意味を成さない。マスターしたトリフィスを披露できないのは悔しい。ただ、試合で負けることはもっと悔しい。

「実は初めてトリフィスをプログラムの中に取り入れた時も、演技点と跳躍時間点がかなり下がっちゃったんですね。なので、難度点を上げるだけでなく、演技点と跳躍時間点も伴わないと」

誰よりもリスクの大きさを痛感していたからこそ、新しい環境下で演技点と跳躍時間点を磨き上げる日々を送った。

高木裕美との高校生ペアで2017年全日本選手権女子・シンクロ金メダルを獲得(写真:YUTAKA アフロスポーツ)

女子個人決勝で頂点に立ち東京五輪出場を決める

雌伏して時の至るを待つこと3年弱。進学した金沢学院大学スポーツ健康学科の2年生になった昨夏から、満を持してトリフィスを復活させた。18歳以上の年齢制限に抵触し、挑戦そのものがかなわなかったリオ五輪へ抱いた悔しさをも糧に変えて、東京五輪代表を射止めるために大技を解禁したのだ。

東京五輪会場の有明体操競技場のこけら落としとして、2019年11月下旬から開催されたトランポリンの世界選手権。最終日の12月1日に行われた女子個人決勝で、森は10本のジャンプのうち1本目に屈身のパイク、3本目に抱え型のタックと2つのトリフィスを鮮やかに成功させて頂点に立った。

しかも、最高到達点後に3回転目に入る海外の選手が多い中で、解禁された森のトリフィスは最高到達点前か、あるいは最も高い位置で3回転目に入る。高さと美しさとが融合されていた。

「東京に決まった時からずっと、自分が生まれ育った国で開催されるオリンピックに絶対に出る、という思いを抱いてきました。年齢的に21歳とちょうどいい時期に迎えられると思っていますし、それまでに体力と筋力だけでなく、メンタルもしっかり鍛えていきたい」

2019年世界選手権で頂点に立った(写真:田村翔 アフロスポーツ)

新型コロナウイルスによる延期をプラスに。日本人初のメダル獲得へ

新型コロナウイルスの影響を受けて、東京五輪の延期が決まったのが3月24日。この瞬間から競技人生の集大成にすると位置づけてきた「東京五輪8日目」も、2020年7月31日から1年とちょっと後に、ヒノキ舞台を迎える年齢も21歳から22歳へと変わった。

延期決定から1週間後に開催した臨時理事会で、日本体操協会は男子の堺亮介(バンダイナムコアミューズメント)とともに、森の東京五輪代表内定を継続させることを決めている。延期という異例の事態にも、山本宜史専務理事は「メダルへの時間が逆に増えた」と森の成長へ期待を寄せている。

新型コロナウイルスの感染がさらに拡大の一途をたどり、石川県を含めた日本全国に緊急事態宣言が発令されていた5月5日。森は自身のツイッター(@hikapoline)に世界選手権制覇直後に撮影された、日の丸を掲げた歓喜あふれる写真とともにこんな思いを投稿している。

「石川に来ることを決めたとき、100年のうち(100歳まで生きることが目標)のたったの7年(高校3、大学4)、だから頑張ろう!と思ってこっちにきたなぁ。あっという間にもう6年目。嬉しかったことも苦しかったこともあったし、これからもまだ色んなことがあると思うけど、もう少し頑張れ私~」

もう少し頑張った先に待つ東京五輪へ。男子を含めて日本勢がまだ手にしていない、五輪のメダルを射程距離に捉えたエースは、トランポリン競技が持つ意外な一面を語ってくれたことがある。

「空中ではビューン、ビューンと空気を切るような音が聞こえるんです。普段は味わえないような、高く跳び上がらないと聞こえない音なのかな、と思っています。目が回ったりしないのとよく聞かれるんですけど、実際にはそういうことはないんですよ。演技にすべての神経を集中させているので」

一度の演技に要するのは20秒弱。ほんのわずかな時間の中に、競技人生で積み重ねてきた喜怒哀楽のすべてを凝縮させ、表彰台に立って歴史を変える光景を思い描く。笑顔が映えるキュートな挑戦者は一世一代のジャンプを魅せる勝負師へ変貌を遂げる瞬間を待ち続ける。

(文・藤江直人)

競技紹介

${list[returnRandomCount].credit}

${list[returnRandomCount].eventName}

${returnCompetition(list[returnRandomCount].eventId)}

${list[returnRandomCount].text}

競技一覧

おすすめ情報