羽根田卓也、最後の挑戦。カヌー界のサムライは、4度目の五輪を前に何を想うのか

2021/7/24 9:00

写真:YUTAKA アフロスポーツ

2016年、リオデジャネイロ大会のサプライズの一つが、カヌー・スラロームのカナディアン シングルで銅メダルに輝いたの存在だった。過去の金メダリストはすべて欧州勢。アジア人として初のメダルを獲得した羽根田の活躍は、日本人にカヌー競技、スラロームの存在を"発見"させることになった。7月に34歳になった羽根田は、キャリアの集大成として4度目のオリンピックに挑む。

ヨーロッパの独壇場だったカヌーに切り込んだサムライ

高校卒業後、単身スロバキアに渡り、ワールドカップで実績を残した。オリンピック初出場となった北京大会では予選14位に終わったが、ロンドン大会では7位入賞。ワールドカップで3位になっても、日本でカヌー・スラロームが話題になることはなかった。

2016年、リオデジャネイロ大会の銅メダルですべてが変わった。本人も「全く想像していなかった」という大フィーバー。甘いルックスも相まって、"ハネタク"の愛称で一躍お茶の間におなじみの顔となった。

2016年リオ大会の表彰式(写真:ロイター アフロ)

イギリスで誕生したカヌー競技は、その成り立ちから見てもヨーロッパ勢の独壇場だった。特にスラロームは、スキーのスラローム競技を夏の間にも楽しむための代替競技として生まれたとも言われていて、発祥の地とされるスイスを始め、北欧、東欧が本場だった。いずれにしても、羽根田以前、メダルはヨーロッパ諸国で占められてきた。

「このままでは先はない」
若くして世界と戦う機会を得て、その差を肌で感じた羽根田少年は、カヌー・スラロームの本場であるスロバキアに留学し、内からヨーロッパの牙城を崩すことを目指す。

2021年、リオデジャネイロでの快挙を知る私たちから見れば、この挑戦は大成功。実に計画的な歴史的快挙を達成したことになるのだが、羽根田はこれに全く満足することなく、さらなる進化を果たしている。

羽根田卓也は決して慢心しない

期せずして足を踏み入れることになった華やかな世界にも心を惑わされることはなかった。
「29歳で、それなりに苦労してのメダルでしたからね。二十歳そこそことかだったら危なかったかもしれない」

羽根田はそう言って笑うが、テレビや雑誌での露出が増え、あんなに苦労したスポンサー探しも、以前とは考えられないような大企業が羽根田の価値を認め、PRに起用してくれるようになった。

浮ついた気持ちになっても不思議はないが、羽根田は「東京オリンピックという目標に対してブレないこと」を常に軸にして、可能な範囲でカヌー競技の普及に努めつつ、競技第一に真摯に取り組んでいる。何度かインタビューをさせてもらっているが、競技に取り組む姿勢に慢心は全く見えない。こうしたブレない態度が、アスリートとしての羽根田の価値をさらに高めるという好ましい現象も起き始めている。

緊急事態を楽しむ"能天気"さが生んだ工夫の数々

30代で迎える東京オリンピックは普通のことをやっていてはメダルも難しいという危機感もあった。羽根田しか体感していない本場での経験に加え、2010年から二人三脚で歩むスロバキア人のミラン・クバンコーチの教えの上に、独自の工夫、トレーニングにも取り組むようになった。

羽根田と二人三脚で歩むミラン・クバンコーチ(左)(写真:YUTAKA アフロスポーツ)

2020年、集大成をぶつけるはずだった東京オリンピックは新型コロナウイルスの世界的流行により1年間延期になった。羽根田は「自分が特別"能天気"なだけだと思うんですけど」というが、この期間すら、オリンピックへの準備期間が増えた"工夫のための時間"に変えてしまった。

緊急事態宣言下に公開した、自宅の浴槽を使ったカヌートレーニング動画はSNSでも話題になった。カヌーコースでの練習ができない期間は、カヌーに乗る感覚を失わないように一般客に交じって近くの公園でボートに乗ることもあった。茶の湯体験で偶然出合った茶道にも没頭し、精神の充実が競技にも少なからぬ影響を与えることも実感していると言う。

元祖・トレーニングの求道者である室伏広治現スポーツ庁長官とも交流し、通常のトレーニングにない身体操作方法、他のスポーツや生活動作から「質の高い動き」を得るヒントをもらっている。

ちなみに、アテネ大会のハンマー投げの金メダリストである室伏長官は、現役時代、ハンマーを投げる感覚をつかむために漁師が網を投げる投網をトレーニングに取り入れていた。羽根田も2020年シーズンのオフ、新潟県妙高高原でオールをストックに持ち替え、ノルディックスキーでバランス感覚の維持や心肺機能アップを図るなど、そのトレーニングの創意工夫は室伏の求道者ぶりを受け継いでいる。

両者とも肉体美、鍛えられた筋肉による最大出力、つまりパワーで世界に対抗しているように見られがちだが、実は体の動かし方、技術にこだわり、繊細な感覚を大切にしている。

水に逆らわず激流と一体になるレースを

「いかに自分の力を使わず、水の流れを使って技術を駆使し一番早くゴールにたどり着くか」

羽根田が目指す理想のカヌーは、「水に逆らわず、激流と一体となるカヌー」だ。

2017年NHK杯・準決勝(写真:YUTAKA アフロスポーツ)

東京大会では、日本初となる人工コース『カヌー・スラロームセンター』で競技が行われる。緊急事態宣言等で施設利用が制限されていた時期があるとはいえ、地の利があることは間違いない。加えて、「オリンピックに出場する競技者でも降りるのに恐怖を感じる」(羽根田)ほどの激流だった過去のオリンピックコースに比べると、やや緩やかだというコースは、「水との調和」を目指す羽根田にとっても実力を発揮しやすいコースといえる。

5年前、快挙を成し遂げた羽根田卓也を映像で見ると、スタートゲートをくぐり激流に相対する直前、コースを見下ろす視線は鋭くも、表情は驚くほど落ち着いていた。

羽根田が出場する男子カナディアンは7月25日に予選、翌26日に準決勝、決勝が行われる。さまざまな激流を経てさらに進化した羽根田は、東京の地でどんなレースを見せてくれるのだろう。

画像制作:Yahoo! JAPAN

(文・大塚一樹)