5年間で力をつけた「天才バドミントン少女」 2度目の五輪に挑む山口茜の進化

2021/7/20 9:00

2019年 バドミントン ジャパンオープン 女子シングルス 決勝(長田洋平 アフロスポーツ)

2度目の五輪は、楽しみと我慢の両立で大人に進化した姿を見せる舞台だ。バドミントン女子シングルスの山口茜(再春館製薬所)は、第4シードのメダル候補として東京五輪に挑戦する。初出場だった前回大会は、高校を卒業したばかりの19歳の夏のリオデジャネイロ五輪。準々決勝まで勝ち上がったが、奥原希望との日本勢対決に敗れてメダルには届かなかった。以降、国際大会で何度も優勝を飾り、2018年には同種目で日本人選手初の世界ランク1位に到達。世界の頂点を狙える力をつけてきた。前回大会から5年が経ち、大人の選手になった「天才少女」は、2度目の五輪でどのような輝きを放つのだろうか。

ぶれない芯「楽しむことに一直線」

大会直前合宿を行っているバドミントン日本代表は、7月8日にオンラインで取材対応を行った。山口は「(前回大会とは)立ち位置が違うのは理解していますが、同じような気持ちでやった方が、良いプレーが出せるのではないかと思っています。結果を考えすぎず、純粋に相手と勝負をする、バドミントンを楽しむことに一直線に向かった方が、良いプレーが多く出せると考えています」と話した。リオ五輪からの5年間で多くを経験してもぶれない、彼女の芯だ。

リオ五輪 決勝トーナメント1回戦の山口(アフロスポーツ)

山口は、幼少期から運動能力が高く、早々に頭角を現した。2012年には史上最年少の中学3年で日本代表入り。翌年には世界ジュニア選手権で優勝を果たした。まさに「天才少女」だった。ただ、始めから世界の頂点を強く意識してきたタイプではない。地元の福井県勝山市は、バドミントン競技が盛んで、年上相手にアイデアを練りながら挑んだのがプレーの原点だ。勝山高の3年生だった2015年は、出場資格があった世界選手権を欠場し、同時期に開催されたインターハイの出場を選ぶなどマイペースな一面も。より評価の高い成績を挙げることより、周囲の人と競技を楽しむことを重んじるようなところがあるのは、今も変わらない。

リオとの違いは、勝たなければならない立場での経験値

もちろん、多くの経験をしてきた中で変わってきた部分もある。16年のリオ五輪の後、山口は国際大会で目覚ましい活躍を見せ、17年には世界バドミントン連盟の国際大会で年間成績が優秀な選手のみが出場するBWFスーパーシリーズファイナルズで優勝。18年には世界ランク1位に到達した。団体戦では、日本のエースとしてコートに立った。成績を残すほど相手から研究され、勝利の難度は上がる。飛び跳ねるようにコートを走り、閃いたプレーに果敢に挑戦するだけでは、相手の対策を打ち破れない場面も増えていった。無理な攻撃を避けてミスを減らし、我慢強く安定感のある試合運びの習得に励んできたのは、大人のバドミントンへの進化が見えた部分だ。

東京五輪出場権獲得レースでは、序盤の19年夏にインドネシアオープン、ダイハツヨネックスジャパンオープンと世界トップレベルの強豪が集う大会を2つ続けて優勝して好スタートを切った。攻守のバランスとフィジカルコンディションがかみ合った山口は、無敵だった。しかし、良いことばかりでもない。直後の19年世界選手権では、まさかの初戦敗退。

2019年世界選手権 山口はまさかの初戦敗退(ロイター アフロ)

涙をこらえながら「第1シードとか世界ランク1位ということを考えると、もう少し立派なプレーをできる選手にならないといけないかなと思います」と話した山口の表情には、悲愴感が漂っていた。勝たなければならない立場でのプレッシャーが見て取れた。その後も腰痛の影響などでコンディションが上がらず、5度も初戦敗退(途中棄権を含む)を喫した。重圧の中で好パフォーマンスを保つために必要なことを学んだ5年だったと言える。

勝利との両立につながった、初五輪での変化

リオ五輪以前の山口は、勝たなければいけないというプレッシャーを感じることなく、自然と挑戦者でいることができた。世界の強豪に何が通じるのかを知ったり、対策を破ったりすることを純粋に楽しんでいられた。勝つことよりも楽しむことが先に存在する、という順序へのこだわりも強かった。

大きな変化を感じたのは、リオで初の五輪を終えた直後の山口にインタビューをしたときだ。初の五輪に、他の大会と異なるものを感じたかと聞くと、周囲の期待や応援が普段よりも大きいことを挙げて「応援してくれる人がもう少し夢を見られるものがあったら良かったなと思います」と言った。そして、奥原に敗れた試合については「自分の中で、今回ほど勝利にこだわって試合をしたことはないという感覚があります」とも話した。

リオ五輪準々決勝では奥原と対戦し日本人対決となった(YUTAKA アフロスポーツ)

2度目の五輪は、彼女も言うように「立ち位置」が違う。格下にあたるポジションから勢いで勝ち上がった前回と異なり、今大会にはメダル候補として臨む。5年前との違いを聞くと、山口はこう答えた。
「5年間でいろいろと経験して、たぶん、楽しむだけではいけない立場の中で、どれだけバドミントンを楽しめるかを考えました。踏ん張るところと、楽しむところの(意識のメリハリ)とか、精神的な部分が一番変わったのかなと思うんですけど、その中で自分の信念というか、楽しみたい気持ちは変えずに来れたのかなと思います」。
舞台が大きくなるほど、勝利は応援してくれる人の喜びを大きくする。肌身で知った感覚が、楽しみと我慢の両立へつながった。そして、5年を経て、心身両面で進化した山口は、2度目の五輪に挑む。

決勝での日本人対決に期待

山口は、フットワークを生かした粘り強い守備から、独創性のある攻撃を繰り出せるのが特長の選手だ。相手の強打をダイビングレシーブで返球するだけでも驚異的だが、それだけに留まらず相手の意表を突いてクロスへ射抜くといったアグレッシブなプレーは、観客をも驚かせる。そんなプレーが生み出す得点と周囲の反応が彼女の喜びだ。それは、今も変わらない。その上、多くの人の期待を受けるようになったことで、大舞台での勝利がより大きな喜びの還元につながることをリオで体感した。だから、勝つためのプレーも学んできた。攻めることばかりを考えるのではなく、ミスをしない試合運びをするなど勝利に必要な我慢が、自然とできるようになっていれば、失わずに大事にしてきた「楽しむ気持ち」が、より高いレベルで武器として通用するはずだ。見ている人と楽しみを共有するプレーこそ、彼女の真骨頂だ。

東京五輪の組み合わせがついに決まり、山口は前回銀メダルのプサルラ・V.シンドゥ(インド)らが近いブロックにいる厳しいヤマに入った。それでも、日本のファンの期待は、反対のブロックに入った奥原との決勝戦での対決だ。

2019年ジャパンオープン(長田洋平 アフロスポーツ)

東京五輪と同じ武蔵野の森総合スポーツプラザで行われた19年のジャパンオープンでは両者が決勝で戦い、山口が6年ぶり2度目の優勝を飾った。場内インタビューで「6年ぶりと聞くと、もう若くないみたいだけど、まだ22歳です」と笑いを誘って観衆を楽しませたのも彼女らしかった。そのとき「正直、今日が1年後だったら良いのになと思いましたけど、まだまだ成長できる。より高いレベルで再現できたらベストかなと思います」と話していた舞台への挑戦が、いよいよ始まる。

画像制作:Yahoo! JAPAN

(文・平野貴也)