生きの良い「カツオ」が世界の大海へ――男子200m自由形・金メダルを目指す松元克央の挑戦

2021/7/18 12:00

(写真:YUTAKA アフロスポーツ)

日本の競泳界の歴史を塗り替えるであろうと、大いに期待を浴びる24歳がいる。男子200m自由形で日本勢初の金メダルを目指す松元克央(セントラルスポーツ)だ。
2019年世界選手権(韓国・光州)の男子200m自由形で、日本勢として世界選手権・五輪を通じて初のメダルとなる銀メダルを獲得してから2年。今年4月の日本選手権では、自身が持つ日本記録を0秒48更新する1分44秒65で4連覇を果たし、初の五輪切符を手にした。
これはリオデジャネイロ五輪の優勝タイムと同じ記録で、19年世界選手権の優勝タイムを0秒28上回る快記録。だが、松元に気負う様子はない。
「僕は五輪が初めてなので、すごいプレッシャーを感じてるわけではない」
名前の読みは「かつひろ」だが愛称は「カツオ」。自然体の笑顔は、生きの良さを見てくれと言わんばかりだ。

ウエイトトレーニングで急成長

97年、福島県で生まれ、東京都葛飾区で育った。頭角を現したのは明治大学3年生だった17年の夏。世界選手権(ハンガリー・ブダペスト)のリレーメンバーの最終選考となった6月の国内大会で、200m自由形を1分46秒75で泳ぎ、1着でゴールした。自己ベストを一気に0秒84も更新するこの泳ぎでつかんだのが、自身にとって初となる世界選手権男子800mリレーの出場権だった。
同年4月の日本選手権で出した1分47秒59も自己ベストだったが、それからわずか2カ月でさらに大幅にタイムを縮め、周囲をあっと言わせた。

2017年の日本選手権では1分47秒59を出した松元(写真:アフロスポーツ)

急速にタイムを縮めた要因のひとつは、大学2年生だった16年秋から本格的に始めたウエイトトレーニングだ。それまでは練習前に30分ほど腹筋などの筋トレをするくらいだったが、重りをつかったメニューに取り組むようになり、「ガリガリだった」(松元)という体に筋肉がついた。それによって上半身のパワーが増し、腕で水をかく力が上がった。
勢いをさらに加速させたのは、17年2月から88年ソウル五輪金メダルの鈴木大地を指導した鈴木陽二コーチに師事したことだ。名伯楽による的確なアドバイスや、質量ともにハードな練習をこなしてきたことが右肩上がりの成長につながった。

「最初から世界と戦えないと決めつけたら面白くない」

そして、17年の世界選手権で訪れたのは意識改革。これが松元の成長を促す決定打となった。リレーメンバーとして選ばれつつ、個人種目の男子200m自由形にも出た松元は、予選27位であえなく敗退し、同種目の決勝レースをスタンドから見て、こう思った。
「自分もこの場で戦いたい。200m自由形で日本人が世界で戦うイメージがないが、そのイメージを覆したい」

17年世界選手権の200m自由形では予選敗退した(写真:エンリコ アフロスポーツ)

日本男子の五輪の自由形金メダリストは、1936年ベルリン大会1500mの寺田登を最後に出ておらず、世界の壁は厚かった。松元自身も世界は遠いと思っていた。しかし、考えを改めたのだ。
「世界(上位の選手)が0・1秒ずつ縮める中で、僕は1秒ずつ自己ベストを出すようなペースで近づいている。もしかしたらこの差は埋まるのではないか。最初から世界と戦えないと決めつけたら面白くない。1日1日を大事にしていこう」
それからは猛練習に高い目的意識が加わった。鈴木コーチがつくる厳しい練習メニューに必死に食らいつき、18年は8月のパンパシフィック選手権の男子200m自由形で銅メダルを獲得。その2週間後に行われたアジア大会の男子800mリレーでは、アンカーとして泳ぎ、男子200mの優勝者である孫楊を擁する中国に勝った。
18年秋は、パンパシフィック選手権とアジア大会の連戦が響いて右肩痛が激しくなり、約1カ月半にわたって泳げない時期があったが、リハビリをしながら右肩に負担のかからないフォームへ改造。腕が使えない分、下半身の強化を進めた結果、パワフルなキックも手に入れた。
19年も泳ぐたびに自己ベストを縮めた。4月の日本選手権で1分45秒63、7月の世界選手権では萩野公介が持っていた1分45秒23の日本記録を百分の1秒縮める1分45秒22の日本新記録で、銀メダルを獲得した。気がつけば、初めて日の丸をつけることになった17年からの2年間で自己ベストを2秒以上縮めていた。

2019年の世界選手権では200m自由形で日本人初の銀メダルを獲得(写真:YUTAKA アフロスポーツ)

個人種目に絞り、目標は"金メダル"

ウエイトトレーニングの成果により、以前はTシャツのサイズが「XL」だったが、今では「2XL」でもきつくなったという。ウエイトトレーニングを始めた頃にスクワットで持ち上げていた重りは60kgだったが、今では110kg。身長186cm、体重85kgの美ボディーを誇る。
コロナ禍による五輪の1年延期はメンタル的に厳しいものがあったが、「この1年間で人間的にも成長できたと思っている」と力強い。もちろん泳ぎの面でも、1年で上乗せした実力を本番で見せたいと考えている。
「1日1日の練習タイムを1年前のタイムと比べると全てが良かったり、ストローク数が少なくなったり、成長している要素が自分自身で見えている。僕は1年前よりも今のほうが絶対に強くなっている自信がある」
4月の五輪代表選考会では400mリレーの代表にも内定したが、意を決してリレーを辞退した。五輪本番の日程は、200m自由形準決勝と400mリレーの決勝が重なっている。松元陣営は、この1年で世界のレベルが上がっていることも見越して個人種目に絞る決意をしたのだ。それだけに、何としてでも金メダルを獲りたいという思いは強い。
19年世界選手権の時点で、鈴木コーチは東京五輪の目標タイムを「1分44秒5台」と設定し、そこに到達するための練習メニューをつくった。松元は名将がつくった過酷なメニューをこなし、ここまでほぼ設定どおりの成長グラフを描いてきた。
五輪の1年延期で海外勢も力をつけているため、本番では僅差でメダルの色が分かれることになりそうだが、今なお成長途上にある松元には大いなる可能性がある。

「目標は金メダル」

何度も口にしてきたターゲットだけを見つめ、カツオが勝負に出る。

画像制作:Yahoo! JAPAN

(文・矢内由美子)