天才マルチスイマー・萩野公介 栄光と苦しみの両方を知る26歳が挑む3度目の五輪

2021/7/15 9:30

(写真:YUTAKA アフロスポーツ)

栄光と苦しみの両方を知る26歳が、気持ちも新たに3度目の大舞台となる東京五輪に挑む。2016年リオデジャネイロ五輪で競泳の男子四百m個人メドレー金メダル、同二百m個人メドレー銀メダル、同八百mフリーリレー銅メダルを獲得した天才マルチスイマー・萩野公介(ブリヂストン)だ。モチベーションの低下を理由に2019年には無期限の休養に入ったが、苦しみや挫折を乗り越えて切符をつかんだ東京五輪に萩野はどう挑むのか。

ロンドンとリオ、2つの大会での経験

初めて五輪に出たのはまだ17歳だった2012年ロンドン大会だ。
「ロンドンの時の日本代表メンバーには、僕とちょうど一回り違う12歳上の北島康介さんが一番上にいて、僕が男子で一番下の17歳。年齢が上で経験豊富なの選手が多かったので、そのメンバーの中にいることが楽しく、先輩にどんどん話しかけに行っていました。純粋に先輩の背中を追いかけていたような気持ちでした」
北島をはじめとするベテランたちから合宿で多くを学びながら成長した萩野は、四百m個人メドレーで銅メダルを獲得した。男子の高校生としては56年ぶりの快挙だった。

ロンドン大会では銅メダルを獲得という快挙を達成(写真:ロイター アフロ)

22歳になる年に迎えた4年後のリオデジャネイロ五輪では、立場が一変した。15年6月に右ひじを骨折したことで15年の世界選手権こそ欠場したが、その後の回復ぶりや過去の実績から金メダル候補の最有力右翼であることは明確で、男子競泳陣のキャプテンを任された。女子のキャプテンは二百m平泳ぎで同じく金メダル候補として注目を浴びていた金藤理絵だった。
「ただ先輩の背中を追いかけて走っていった4年前とは違い、女子は金藤さん、男子は僕がキャプテンとして常日頃の言動や結果でもチームを引っ張っていかなきゃいけないと思い、トレーニングやミーティングをやっていました」
プレッシャーも責任感もある中で、結果は萩野、金藤2人とも金メダル。萩野は銀、銅メダルも手にした。

リオ五輪メダリスト帰国会見での萩野(左)と金藤(右)(写真:アフロスポーツ)

リオ後の苦境 無期限休養へ

ところが、リオ五輪後の16年9月に右ひじの手術をしてから苦境に見舞われた。手術によって可動域が縮小し、フォームが崩れて感覚にも狂いが生じた。17年世界選手権、18年パンパシフィック選手権など国際大会には出場したが、自己ベストが出ない日々が続き、個人種目の金メダルには手が届かなくなった。
本来のパフォーマンスを発揮できない日々が続いていた19年。萩野の心は限界に達した。2月のコナミオープンで、四百m個人メドレーの予選で自己ベストから17秒以上も遅いタイムで泳ぎ、決勝を棄権。モチベーションの低下を理由に、コナミオープンから1カ月後の3月、無期限の休養に入った。
だが、欧州で一人旅をするなど、頭の中から水泳を消し去って日々を過ごしているうちに、徐々に変化が現れた。
「もう一度泳ぎたい」
情熱がよみがえり、19年秋から復帰。その後もなかなかタイムは縮まらなかったが、くじけることなく鍛錬を重ねた。

「最後の最後まで悩み」二百mで東京五輪内定

そして今年4月、五輪会場となる東京アクアティクスセンターで行われた日本選手権(兼東京五輪代表選考会)。萩野は、リオ五輪で世界の頂点に立った四百m個人メドレーへのエントリーを断念し、二百m個人メドレーなどに絞って泳ぎ、見事に出場権を手にした。
四百m個人メドレーは萩野の代名詞でもあり、最も思い入れのある種目だ。
「最後の最後まで悩んだのですが、自分の中では二百m個人メドレーで確実に代表権を取って世界で戦うと決めました。もちろん四百mを泳ぎたかったという気持ちもあるのですが、それよりも五輪に行きたいという気持ちが強かった」
3度目の五輪に挑むチャンスを得た萩野は、ほっとした表情を浮かべていた。

日本選手権では瀬戸大也(右)と共に代表内定した(写真:YUTAKA アフロスポーツ)

子供の頃から怪童として将来を嘱望され、小学生時代からたびたびメディアの取材を受けてきた。
「『夢は何ですか?』と聞かれた時に言っていたのは、『世界で戦える選手になることです』ということです。でも、実際にそういう選手になれるとは思っていなかったですし、ここまで来られたこと、しかも1度だけじゃなく3度も五輪に出られるなんて、もちろん思ってもいませんでした。我ながらよく頑張ったと思います」
しみじみとした口調に実感がこもる。

3度目の五輪を前に感じる心境の変化

自身3度目の大舞台を前に、萩野はこれまでと違った心境でレースを迎えると感じている。
今回のメンバーは入江陵介(男子百m、二百m背泳ぎ代表)が北京五輪から4度目の出場、萩野と渡部香生子(女子百m、二百m平泳ぎ代表)がロンドンから3度目の出場だ。
「とうとう僕が上の年代になってきたなとも思っていますが、僕自身の気持ちとしては、今回はすごく楽。先輩の背中を追いかけて頑張ったロンドン五輪。チームを引っ張っていかなければならない立場だったリオ五輪。今回は、もちろん頑張りますが、その中にも純粋に楽しんだり、今という時間を大切に過ごしたりという、少しリラックスした気持ちで臨んでいる部分があります」
思い返せばリオ五輪までの萩野は、常に水泳のことに集中し、タイムを出すことに神経を研ぎ澄ませていた。集中すれば集中するほどいいと考えていた。けれども今は違う。
「競技との向き合い方は、もちろん順位も大事だし、タイムも大事だし、それはずっと変わることのない事実です。ですが、今はそれをも覆すような、別の大事なことに気づけて、それを求めながら泳いでいます」
楽しみを感じ、ワクワクしながらレースに向かう。スポーツが人間にもたらす原点の要素である。そこに気づけたのは19年の休養。
「あのしんどい時を乗り越えなかったら、今のような水泳との向き合い方はなかったと思う。競技というのは、自分がナンバーワンだということを証明する場としても大事ですが、それだけそれまでだと最後は行き詰まってしまう。僕はそう思います」
心の底から水泳と出合えて良かったと思っている萩野が挑む3度目の五輪。その泳ぎにはおそらく無敵の強さがある。

画像制作:Yahoo! JAPAN

(文・矢内由美子)