期待通りに女王の道を歩み続けた阿部詩 揺らぎを見せない兄妹「金メダル」への自信

2021/7/13 10:00

(写真:森田直樹 アフロスポーツ)

ジュニア時代から将来を嘱望され、その期待通りに挫折もなく女王への道を歩み続けてきた阿部詩。明るい笑顔とともに、天才肌ともいわれるその素質を素直に開花させてきた彼女が、2度制した世界選手権の次に求めるのは、五輪女王。そして、18年世界選手権で兄の一二三と達成した史上初の兄妹同時優勝を、東京五輪の舞台でも果たすことだ。

衝撃的だったシニア登場

兄の一二三とともに、初出場の東京五輪で金メダルを目指す、女子52㎏級の阿部詩。彼女のシニア登場は兄に負けず衝撃的だった。
 中学時代からシニアの講道館杯に出場する実力を見せ、夙川学院高1年の16年には講道館杯で3位になり、国際大会であるグランドスラム東京でも2位と実力を伸ばした。そしてシニア国際大会初遠征の17年2月のグランプリ・デュッセルドルフは、「1回でも勝てればいいかな」という思いで臨みながらも準決勝まで一本勝ちで決勝に進むと、14年世界選手権48㎏級銅メダルのアマンディーヌ・ブシャール(フランス)を技ありで破り優勝。IJFワールド柔道ツアー史上最年少優勝記録を更新した。

16年グランドスラム東京では準優勝の成績をおさめた(写真:アフロスポーツ)

だが、世界選手権代表がかかった4月の選抜体重別選手権では、デュッセルドルフの準々決勝で一本勝ちした志々目愛に準決勝で敗れて3位となり、兄との同時代表は逃した。「これからは必ず勝っていかなければいけないと、気持ちが引き締まりました」と話すように、志々目が世界選手権で優勝したことは阿部にとって励みになったようだ。
10月の世界ジュニアで優勝すると、11月の講道館杯では兄と同じ高2での初制覇を果たした。そして「ここで勝たないと来年の世界選手権代表はない」という思いで臨んだ12月のグランドスラム東京では、準々決勝で世界女王の志々目を破り、その後も危なげない柔道で優勝。18年2月のグランドスラム・パリ大会も強敵を相手に、決勝の反則勝ちも含めてオール一本勝ちで優勝と、強さを見せつけた。
世界選手権代表の座をかけた4月の選抜体重別では、16年に2回敗れていた角田夏実との準決勝で、警戒していた相手の得意技の巴投げを決められて敗れ、またしても3位。彼女の中では「警戒をしていたのに何で(技に)かかったんだろう」と考える試合になった。
それでも実績を認められて2枠目の世界選手権代表になった阿部は、長い間目標にしていた大舞台で、「初戦から準決勝までは緊張していて大丈夫かなと思う部分もあったが、これ以上ない、一番いい内容だった」と、オール一本勝ちで優勝。17年2月のグランプリ・デュッセルドルフ大会以来、シニアの国際大会の優勝数を5に伸ばした。

2018年世界柔道では兄妹で優勝を果たした(写真:アフロスポーツ)

過去3戦全敗の角田に挑み自信をつけたグランドスラム大阪

そんな阿部にとって、2カ月後のグランドスラム大阪も重要な大会になった。大目標である東京五輪出場のための大きな一歩となる19年世界選手権東京大会代表の内定が、この大会で勝てば得られるからだ。
目標を見据えた阿部に、気持ちの緩みはなかった。初戦の2回戦は開始10秒に袖釣込み腰で一本勝ちすると、準々決勝のアジア大会2位のパク・ダソル(韓国)には、全く攻めさせず1分38秒で指導3の反則勝ち。準決勝では志々目を相手に、「練習でもやったことがなくて、人生で初の決まり技。体が自然に動きました」という内股すかしを開始23秒に決めて一本勝ちをした。
決勝は過去3戦全敗の角田が相手。組手がけんか四つで、互いになかなか組めない展開になった。だが「止まってしまったら相手の得意な巴投げで投げられるので、絶対に止まらないようにしようと思ってがむしゃらに攻めました」と、不十分な状態からも技を仕掛け、激しく動き続ける柔道をした。結果、角田は2分20秒までに指導2をとりGS(ゴールデンスコア、延長戦の方式)に入ったが57秒の両者指導で角田が指導3となり反則勝ちを決めた。

18年グランドスラム大阪の決勝で角田(左)を相手に勝利した(写真:西村尚己 アフロスポーツ)

「何も考えずに前に出るのが自分の取り柄だと思うが、角田さんとの試合ではそれで相手の戦略にハマって負けていたので。今回は相手をしっかり見て攻めるところは攻め、守るところは守ることをしっかり考えて試合をしました」
自分の負けた映像を見るのは嫌いで、勝った映像しか見たことがなかったが、「4回続けて負けたら話にならない」と、4月の選抜体重別で負けた試合を何度も見て、何をしたらいけないかを考えた。「今日は勝つための柔道を徹底しました」と笑顔を見せた。
世界選手権を経験したからか、ビックリするくらい緊張しなかったという阿部は、相手を圧倒し続けた優勝の手ごたえを聞かれ、「強くなったと思います。さらに自信がつきました」と素直に答えた。そして次の目標である世界選手権と東京五輪へ向けては、「まだ戦っていない海外の強い選手がいるので、もっともっと技を磨いて......。寝技などももっと極めていかなければマークされると思うので、もっと強くなりたいです」と意欲を口にした。

19年世界選手権でも見せた進化

19年は左肩関節挫傷で3月のグランドスラム・エカテリンブルク大会出場は回避したが、急仕上げで臨んだ5月のグランプリ・フフホトで優勝し、8月の世界選手権を迎えた。
阿部はそこでもまた進化した柔道を見せた。この大会で最大の難敵と想定したのが、16年リオデジャネイロ五輪優勝のマイリンダ・ケルメンディ(コソボ)。キレのある動きで危なげなく勝ち上がった阿部は、準決勝でその戦いを迎えた。
ケルメンディは一発の技の怖さがある上、釣手で背中を取って相手の動きを制御する独特のスタイルも持った選手だ。準々決勝では志々目を相手に「故意に取り組まない」という指導を連発させて残り11秒で反則勝ちをしていた。
「ケルメンディ選手との戦い方を考えて練習してきたので、あまり怖さはなかった。粘り強く、隙があったら狙おうと思って試合をしていた」という阿部は、序盤はうまくしのぎ、開始1分45秒までに「故意に取り組まない」指導を2回出させ、もう一回出れば反則勝ちとなるところまでこぎつけた。

19年世界柔道・準決勝 ケルメンディとの対戦(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

だが相手はそこからがしぶとかった。阿部の攻撃をしのぎ切ってGSの延長戦に入ると、しっかり背中を取る組手に持ち込んで1分58秒に阿部に2回目の指導を出させた。
「最初に相手に2枚指導が出た時はいけるぞと思ってGSに入った。自分の組手の技術不足で指導を取られてしまって『ウワーッ』となったけど、もう技で決めるしかないと思った」
 そう話す阿部は延長2分50秒で技を仕掛けて互いに倒れたところを見逃さずに、「無意識に足が出たし、腕の隙間も見えて体が自然に反応した」と横四方固めで抑え込み、一本勝ちで勝利した。その寝技は日体大入学以来、とことん練習してきたものだった。
最大の難敵を破った阿部は決勝では、リオ五輪銅のナタリア・クズティナ(ロシア)を相手に鮮やかに勝ち切った。「あとは最後まで自分の柔道を出し切ろうと思い、あまり緊張はしていなかった。もう自分に残った体力もあまりない状態だったので、絶対に得意な袖釣り込み腰で決めてやろうと考えていた」というように、開始30秒で一本勝ちしたのだ。
2月に左肩を痛めていたこともあり、「ここ1カ月は試合のことを考えながら不安と戦っていた」という阿部。「今回はケルメンディ選手という強い選手に勝っての優勝なので、去年の優勝よりも嬉しさはあります。彼女は一度戦ってみたかった選手であり、勝ちたかった選手なので、今回勝てたということは私の一番の自信になりました」と明るい笑顔見せた。
その3カ月後のグランドスラム大阪では、これまで全勝だったブシャールにGSで技ありを取られて敗れ、対外国選手連勝も48でストップしたうえに東京五輪代表内定は持ち越しになった。だが翌年2月のグランドスラム・デュッセルドルフで優勝し、その後、五輪代表内定を勝ち取った。
今年に入っても、グランドスラム・タシケントとカザンで優勝し、世界選手権も含むシニア国際大会優勝回数を12に伸ばした阿部。その才能のままに、東京五輪まで突っ走る準備はできている。

画像制作:Yahoo! JAPAN

(文・折山淑美)