リオから4年、変わらない信念で積み重ねてきた日々 車いすバスケ・香西宏昭

2020/4/13 16:07

車いすバスケットボール男子日本代表として、パラリンピックに過去3大会出場した経験をもつ香西宏昭選手。4大会目の出場を目指す彼の胸の奥にあるのは、4年前の2016年リオデジャネイロパラリンピックで抱いた思いだ。
「まずは自分が変わらなければ......」
そう強く自分自身に誓ったあの時から4年間、変わらない信念を持って前に進み続けてきた香西選手の姿を追った。

©Takao Ochi

言葉にもにじみ出る思いの強さ

香西選手がこの4年間、一貫して言い続けてきたことがある。
「時間を無駄にすることなく、成長し続けていく」
その言葉を初めて耳にしたのは、リオからわずか2カ月後のことだった。

「やるべきことはすべてやってきた」
そう思って臨んだリオだったが、結果は9位。日本は予選で初戦から3連敗を喫し、決勝トーナメントに進出することさえできなかった。

しかし、その一方で選手たちはこれまでとはまったく違う手応えを感じていた。日本に勝つことが当然のように飄々としていた強豪国が、リオでは躍起になってぶつかってきていた。そして、日本からの勝利を本気で喜んでいる姿があった。

そんなふうにスコアを見ただけでは分かり得ない大きな手応えを感じていたのは、香西選手もまた同じだった。08年北京、12年ロンドンと、経験してきた過去2度のパラリンピックとは、海外勢の日本を見る目はまったく異なっていた。

「自分たちがやってきたこと、向かっている方向性は、やはり正しかったんだ」
心の底からそう確信することができた。しかし、だからこそ予選敗退という結果が悔しかった。

「自分たち日本は、なぜ勝てないのか......」
そう考えた時、ふと頭をよぎったのは自分自身のことだった。
「いや、日本がどうという前に、まずは自分が変わらなければダメなんだ」

もちろん、リオまでも「100%やってきた」と思えるほど、努力を積み重ねてきた。だからこそ、初めてと言えるほど本気で「このチームでなら勝てる」と感じていた。だが、その「100%」にはまだ"隙"があった。それを埋めなければ、海外勢に勝つことはできない。

リオでの敗戦でそのことに気づいた香西選手は、その後、さらなる成長を求めて歩んできた。パーソナルトレーナーをつけ、専門家のアドバイスをもとに自分にあったトレーニング方法を開拓。リオ前から行ってきたメンタルトレーニングもパーソナルコーチのもと、より注力してきた。

©Takao Ochi

さらにアメリカの大学卒業後、13年からプロとしてプレーしてきたドイツのブンデスリーガでは、リオの翌年の17年に初めて移籍を決意。毎年、優勝候補の一角を担う強豪クラブへの移籍は、厳しいレギュラー争いが待ち受けていることは容易に想像することができた。それでもより高いレベルでプレーすることで自分を成長させたいと一念発起。各国の代表クラスがそろったメンバーの中、香西選手はその存在を確立させ、主力の一人として2シーズンにわたってプレーした。

さらなる成長を求めて、さまざまなことに全力で挑み、信念を貫いてきた香西選手。そんな彼の言葉には、ある変化が見てとれる。

「1日も無駄にはできない」
リオ直後、そう言っていた香西選手だが、今は少し違う表現をするようになっている。
「1分1秒も無駄にはできない」

4年前に抱いた思いは、より強いものとなっているのだ。

©Takao Ochi

群雄割拠の中、真の勝負はここから先の伸びしろ

リオパラリンピック後、男子日本代表はゼロからスタートを切り、チームの再建を図ってきた。時には世界を驚かせるような強さを見せて自信をつかみ、時には弱さが露呈し不甲斐ない結果に悔しい思いをしてきた。

18年世界選手権では、予選で当時ヨーロッパ王者のトルコを破るという快挙を成し遂げ、1位通過で決勝トーナメントに進出した。1回戦でリオパラリンピック銀メダルのスペインに敗れたものの、わずか2点差という激戦を繰り広げた。さらに9、10位決定戦では、リオパラリンピックでは負けたオランダから勝利を挙げた。それでも「ベスト4以上」という目標には遠く及ばない9位という結果となった。

優勝を掲げて臨んだ同年のアジアパラ競技大会は、決勝で世界選手権4位のイランに2点差での惜敗。目標を達成することはできなかった。

©Takao Ochi

しかし、そのイランに雪辱を果たしたのが、翌19年のアジアオセアニアチャンピオンシップス(AOC)だ。日本は予選リーグで攻守にわたって圧倒し、イランに20点差で大勝したのだ。さらに世界選手権銅メダルのオーストラリアから、公式戦では1980年アーネムパラリンピック以来、39年ぶりとなる白星を挙げ、1位通過を果たした。ところが準決勝、3位決定戦と敗れ、4位という結果に終わった。

「これからが本当の勝負なんだろうな......」
AOCを終え、香西選手はそう考えていたという。

「今回のAOCもそうだし、欧米を見ても、今、世界はどこが勝つかまったくわからない。だからこそ、本当の勝負はここから先なんだろうなって。どこもみんな研究し尽くしてきていて、どんなバスケをするかはわかっている。そうした中で、自分たちの引き出しを増やして、どういう戦略を立てるか。相手の対策に対してどう打開していくか。お互いにそのせめぎ合いだと思うんです。もちろん、日本もその中にしっかりと入っている。だからこそ、これから先、どれだけレベルアップできるかが重要なんだろうなと。体の使い方ひとつとっても、メンタルにしても、細かいところでの精度を高めていけるかが大事になってくると思います」


「もともとひどく人見知りの性格で、学校でも挨拶もできないほど人とコミュニケーションをとるのが苦手でした。陸上でも『このまま記録が出なかったらどうしよう』とすぐにネガティブな方に考えてしまっていたんです。でも、東京パラリンピックに出ると決めてからは、どうやったら速く走れるかを知りたくて、自分から人に相談できるようになったんです。そうやって陸上を通して人とのコミュニケーションがとれるようになり、ポジティブに考えられるようにもなったのは、東京パラリンピックのおかげなんです」

そして、笑いながらこう続けた。

「こんなふうにインタビューで受け答えするなんて、当時はとても考えられないことでした。テレビカメラやマイクを見つけると、すぐに人の陰に隠れていましたから(笑)。なので、陸上って、スポーツってすごいなぁ。こんなにも人を変える力があるんだなと感じています」

東京パラリンピックで金メダルを目指すのは、自らの限界に挑戦することと同時に、そんなスポーツの偉大さを伝えたいと思っているからだ。

「勝ちたい」から「負けたくない」へ

「東京パラリンピックで金メダルを目指す」
香西選手は、リオ直後からそう言い続けてきた。だが、同じ「金メダル」でも、4年前と今とでは、その距離感には違いを感じている。

「もちろん、軽い気持ちで金メダルと言ってきたわけではないんです。でも、最初は『本気で目指すなら、言葉にしよう』というところからスタートしたんですよね。だから、実感としては正直、まだあまりなかったと思います。自分で金メダルって言いながら、あまりはっきりとイメージできなかったというか、ふわふわしていました。でも、今は自分の中で金メダルが現実味を帯びてきています」

そんな香西選手の携帯の待ち受け画面には、昨年発表された東京パラリンピックの金メダルが光り輝いている。

その金メダルを目にするたびに、思うのは「負けたくない」という気持ちだ。
「リオの時は『勝ちたい、勝ちたい』と思っていたんです。でも、最近は『負けたくないな』って。『もう負けたくない、あんな悔しい思いはしたくない』。そう思うようになってきました」

「勝ちたい」と「負けたくない」。その違いは何なのか。その問いかけに、香西選手はこう答えてくれた。

「これまでのように、世界との差を感じていたら『勝ちたい』とは思っても、『負けたくない』とは言えないと思うんです。でも、日本と世界の強豪国との差はもうほとんどありません。僕らには世界に勝てる力が十分にあると感じています。本気で勝つ可能性を感じているからこそ、今『負けたくない』という言葉が出てくるのだと思います」

©Takao Ochi

12歳から始めた車いすバスケは、今年で20年となる。そんな長いバスケ人生において、香西選手はこれまで一度も「やり切った」と思えたことがないという。もちろん、その時々で、自分自身がやれることをやってきた。いつも本気で取り組んできた。だが、「もっとやれたんじゃないか」。真面目な性格がゆえに、そう思ってしまうのだろう。プラスに捉えれば、だからこそ、より高みを目指し続けてこられたとも言える。

そんな彼にも、人生で唯一、胸を張って「やり切った」と言えることがある。それはアメリカのイリノイ州立大学を卒業したことだ。日本の高校を卒業した後、香西選手は車いすバスケ界きっての名将の指導を受けるために、単身渡米した。2年半をかけて英語のスキル習得と大学編入のための単位を取得してイリノイ大に入り、2013年に卒業した。この時のことを、香西選手はこう振り返る。

「最初は相手の言っている英語が分からなかったり、聞き取れるようになっても英語で言い返せなかったり......。そんなところからスタートした自分が本当にアメリカの大学を卒業したんだなと思ったら、よくやったなと。初めてちゃんとやり遂げたという感情が芽生えました」

そんな瞬間が次に訪れるのは、1分1秒も無駄にしない日々の積み重ねの先にある。香西選手はそう信じて、今「やるべきことを淡々とやる」毎日を送っている。

©Takao Ochi

取材・撮影:越智 貴雄  取材・文:斎藤 寿子

※この記事は2020年4月1日にWEBメディア『SPORTRAIT』で公開された記事です。

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