岩渕幸洋(卓球) 「金メダル以上の思い」

2021/6/3 10:00

2019年3月 ジャパンオープン・パラ卓球選手権大会 個人戦 立位の部 男子 決勝

「東京パラリンピックでは、"金メダル以上"を目指します!」

"金メダル以上"。
パラ卓球クラス9で活躍する岩渕幸洋の、重要なキーワードだ。2020年4月時点での岩渕のシングルス世界ランキングは3位。1年延期となった東京パラリンピック出場内定を決めている。世界の頂点である金メダルを超えた先に、岩渕が見つめているものとは何か。

「金メダルを獲得するプレーを披露することで、パラ卓球、そしてパラスポーツの魅力を伝えていきたい」

日本では、一般の卓球人気は高い。オリンピックや世界選手権がテレビで放送され、「すごい!」「面白い!」と見る人が手に汗握る展開が繰り広げられる。パラ卓球も、同様に人を引きつける魅力にあふれているが、現実には、まだまだ知らない人が多い。

「選手としてどれだけ質の高いパフォーマンスで金メダルを獲得できるか。また、そういうパフォーマンスを楽しめる競技の場を作り出すこと。プレーを通じて、パラ卓球の面白さを広く伝える活動をしていきたいと思っています」

■国際大会で"闘志むき出し"のプレーに対峙

2019年12月 第11回国際クラス別パラ卓球選手権大会 男子クラス9 決勝

岩渕幸洋は、1994年に東京都で生まれた。生まれたときから両足に輪ゴムで縛ったような状態で足首から先が細くなってしまう絞扼輪(こうやくりん)、足全体が内側に丸まったような状態で固まってしまう内反足という病気がある。左足の方が障害の状態は重く、サイズも小さい。左足には日常的に装具を装着して歩行する。

幼い頃から、両親とともにスキーやゴルフなど、さまざまなスポーツをして楽しんだ。小学生の頃には野球チームにも在籍していたという。

卓球を始めたのは、中学に進学してからのこと。バドミントンやテニスに興味があったが、走る範囲がより小さい卓球なら障害のある足でもプレーしやすそう、と部活で始めたのだった。私立の中高一貫校で、高校に進学してからも卓球を続ける。高校3年の時、ベンチ要員としてインターハイの団体戦に出場した経験を持つ。

パラ卓球に出会ったのは、中学3年の時。部活動とは別に、地域の卓球クラブにも通っていた岩渕に、クラブのコーチが障害者のための卓球があることを教えてくれたという。

「初めてパラ卓球の試合に出場させてもらったとき、僕よりも障害が重い選手にボロ負けしたんです。障害を含めてどの選手もスタイルのあるプレーをしていた。それを間近に見て、次の試合の時には勝ちに行こう、と思いました」

自分よりレベルの高い人と試合ができる。負けた相手に、次は勝てた。そうした体験を積み重ねて、高校3年で初の国際大会に出場。早稲田大学に進学し、国際大会の出場機会が増える。そこで出会った選手たちの、闘志むき出しのプレーに対峙することで、パラリンピックへの意識が芽生えた。2年後に、2016年のリオパラリンピックが迫っていた。

■「弱点をあえて攻める」人生の分岐点になったリオパラリンピック

岩渕は、初めてのパラリンピックであるリオ大会に出場するが、予選敗退。

「世界選手権に出場した経験はありましたが、パラリンピックは全く別の場でした。出場する前にテレビでパラリンピックを見ることもなかったので、何から何まで初めての経験。スタンドが観客で埋まって、テレビで見るオリンピックと変わらない。そんな中、世界中のトップ選手が、自分のできるパフォーマンスを100%の精度で発揮している。世界選手権以上の目の色、闘志。これがパラリンピックなんだって」

改めて、クラス9以外の選手たちのプレーを見て、障害がある中での戦い方に目が離せなくなった。

「障害があるから、どの選手にも弱点がある。試合ではその弱点を攻めるのがパラ卓球のセオリーです。弱点を狙えばこのコースに返ってくるとか、この回転をかければ強いレシーブはできないとか、戦略が明確なんです。勝つ選手は戦略を徹底して、負ける選手はどうしても"打たされてしまう"ことが多い。当たり前のことですが、リオパラリンピックに出場したことで、改めてパラ卓球ならではの戦い方に気付かされました」

他の障害クラスの選手たちによる、相手の弱点を徹底的に突くという戦略的なプレーを間近に見て、パラ卓球は、パラスポーツは断然、面白い! と感銘を受けた。選手でありながら、改めて観戦するスポーツとしてのパラ卓球に触れたのだという。

「当事者である自分でさえ、パラスポーツの大会をテレビなどで見る機会がありませんでした。パラ卓球の試合を直接観戦する機会の重要性を、リオパラリンピックに出場したことで痛感したんです」

■実業団で得た経験と自信で"先を読む"

リオ大会後、大学を卒業して卓球の実業団<協和キリン>に所属。レベルの高い実業団の選手と練習をともにし、日本リーグなど一般の大会にも出場機会を得た。この環境によって岩渕は、急成長を遂げている。17年の世界選手権団体で準優勝、アジア選手権では個人戦で準優勝。18年アジアパラ競技大会では個人戦準優勝、団体優勝、世界選手権では個人戦で3位。19年のアジア選手権でも個人戦準優勝。18年には10位だった世界ランキングは19年に5位、そして2020年に3位。

「成長した背景にあるのは、社会人になってから自分の卓球を一から見直すことができたことです」

装具を着用した左足では、左側への移動に大きな制限がかかる。右側(フォアサイド)に移動した直後、バックサイドへの移動は岩渕の弱点となる。

「だから、自分のフォアサイドに来たボールを打ち返す時に、その後バックサイドに返球できないような回転やコースを考慮して返球することが重要です。相手に弱点を突かせない展開に持ち込まなくてはいけない」

岩渕のプレースタイルは、右シェーク前陣速攻型。右手でラケットを握手するようにもち、卓球台から離れずに素早く打ち返す攻撃スタイルだ。卓球台から下がると左右に大きく動かなくてはならない。岩渕の障害の弱点を突かれないための型である。相手からのボールを、素早く打ち返すスピードある展開が岩渕の特徴だ。

実業団チームで一般の選手と練習するようになった岩渕は、自分の攻撃スタイルにより合うラケットを見直した。
「以前は相手のやりにくさを考慮して変化を付けやすいラバーを使用していましたが、より自分から攻撃を仕掛けやすい威力を重視したラバーに変更しました」

岩渕の強みの一つが、サーブからの展開。実業団で一般の選手を相手に対戦する際に、自分のサーブが効果的に打ち込めた経験を重ね、手応えを感じてきた。
「先の先まで読んで展開を作り出すこと。実業団での経験によって、パラ卓球のトップ選手の戦い方を改めて理解できるようになった。この環境は、僕にとっての大きな財産なんです」

■情熱を凝縮したIWABUCHI OPEN

2020年1月に、岩渕は自身のYouTubeチャンネルを開設した。卓球のために開発した左足のカーボン製装具についての詳細を解説したり、東京パラリンピックで確実にライバルとなるベルギーのローレンス・デボス、オーストラリアのマ・リン(ともにクラス9)の動画をアップして自ら解説したりしている。

「僕自身のことだけでなく、対戦選手について知ってもらうことで、僕が考えている作戦や駆け引きが見えてきます。そのことで、よりいっそう、パラ卓球の面白さが伝わるのではないかと」

また、11月には、自身の名前を冠した「IWABUCHI OPEN」というイベントを企画・主催した。コロナ禍、あらゆる競技大会が中止・延期される中、「試合の場」を提供したいという岩渕の思いを実現させた大会である。このイベントには、岩渕のほか、クラス10の垣田斉明、車いすクラス4の齊藤元希、クラス5の中本享、さらにリオデジャネイロオリンピック男子団体戦で銀メダルを獲得し、パラ卓球アンバサダーを務める吉村真晴、岩渕と同じ協和キリン所属で世界選手権団体戦3位の松平賢二も参加。岩渕と垣田、齊藤と中本の真剣勝負のほか、松平が車いすに乗って齊藤と、吉村が左腕を固定させた状態で岩渕と対戦するエキシビジョンマッチも行われた。

岩渕選手(左)と吉村選手(右)のエキジビションマッチ

大会開催にあたりクラウドファンディングで協力者を募ったのも、パラ卓球をより多くの人に知ってもらいたいという意図による。協力した支援者は観客として招待され、試合の様子は動画配信された。

「練習だけでは味わえない、試合ならではの緊張感、ゲームの駆け引きを久しぶりに体感できました。クラス10(岩渕より障害が軽いクラス)の垣田選手との試合では、劣勢に持ち込まれたところから間を変えたり、サービスの位置や高さなどを変えたりすることで最後の最後、ひっくり返すことができた。こういう経験は練習ではできません」

パラ卓球選手同士の対戦は、5セットマッチを実施。岩渕vs垣田の試合はフルセットの末デュースに持ち込んでの勝利だった。
「通常の卓球の大会では、体育館にずらりと並んだ卓球台で次から次へと試合が行われます。今回のようなイベントであれば、1つの卓球台でじっくり試合を観戦できる。よりパラ卓球を感じてもらえたと思います」

車いす同士の齊藤と中本の真剣勝負では、中本が勢い余って車いすから転がり落ちるという白熱のシーンもあった。
「会場に足を運んでくださった人だけでなく、動画を見た人からも"すごく面白かった"という感想をもらったことは、大きな自信につながりました」

選手には、真剣勝負の機会を。見る人には、工夫と戦略を凝らすパラ卓球の面白さを。コロナ禍で思い切って開催に踏み切った岩渕の情熱が、イベントに凝縮されていた。
「東京オリンピック・パラリンピックが終了した後も、引き続きこういう大会を継続させていきたいと思っています」

■持ち味に磨きをかけることに専念し、東京へ

2021年3月に予定されていた国際大会も現時点では延期。2020年3月の大会以降、1年以上も実戦がない状態が続いている。

「2人、3人という少人数ですが、チームでの練習は継続できています。チーム内では練習試合もします。勝てなくても、いいショットが決まったとか、1球1球自分の中の手応えを見つけています。日々の練習を楽しむことは、モチベーションを保つ上で大切にしていきたい」

日常の、質の高い練習が岩渕を支え押し上げている。

「世界のライバル選手たちも同様に練習に集中しているはずです。1年以上試合がないのでライバルがどうアップデートしてくるか。そこは想像になってしまう。過去の分析も重要ですが、それ以上に自分のプレー、持ち味に磨きをかけることに専念したいと思っています」

攻撃的なサーブを打ち相手に狙い通りの返球をさせて、3球目から攻撃に持ち込むこと。それは、東京オリンピック・パラリンピックの1年延期が決まってから取り組んできた強化のテーマでもある。体が自動化して反射的に打ち込めるまで、ひたすら反復練習を繰り返す。

「格上の相手にどれだけプレッシャーをかけられるか。リオ以降、変更した攻撃的なラケットの質をより生かせるプレーにもつながります。これを突き詰めていきたいです」

相手の弱点をねらい定めた戦略を駆使して、最高のパフォーマンスを披露する。その先に表彰台の真ん中に駆け上がる。このシナリオの実現が、岩渕が追い求める「金メダル以上」なのだ。

「コロナがあって、一度スポーツが止まってしまいました。パラスポーツの魅力を再確認してほしいという気持ちは、より強くなりました」

岩渕にとっては2度目のパラリンピック。本当の戦いが、ここから始まる。

(文・スポーツライター宮崎恵理)

この記事は、2021年3月16日、NHK 東京2020パラリンピックサイト内の「パラアスリートの流儀」に掲載されたものです。

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