体操男子種目別・鉄棒で橋本が2個目の金
「普段通り」に徹した強さを米田功が解説

男子種目別の鉄棒で、7月28日の個人総合に続き金メダルを獲得した橋本大輝 男子種目別の鉄棒で、7月28日の個人総合に続き金メダルを獲得した橋本大輝【写真は共同】

 8月3日に東京五輪の体操男子種目別・鉄棒の決勝が行われ、橋本大輝(順大)がただ一人15点台(15.066)を記録し、個人総合に続く2つ目の金メダルを獲得した。  予選を通過した8人で争われた決勝の舞台。ここまで、鉄棒では団体の予選・決勝、個人総合の予選、そして種目別の予選で15点台をマークしていた橋本は、全体の7番手で登場した。鉄棒のスペシャリストたちは“橋本超え”を目指して高難度の技で勝負に出るも、落下が響いて点数が伸びない。  ライバルたちの失敗を目の当たりにしながらも、「普段通り」に徹して最高のパフォーマンスを披露した橋本。アテネ五輪・男子団体の金メダリストで現在は徳洲会体操クラブの監督を務め、メンタルトレーナーとしても活躍している米田功さんに、橋本の思考や精神面、そしてパリ五輪に向けた日本男子体操界のこれからについて聞いた。  

「演技順」に明暗。前半の選手はミスで得点伸びず

7番目に演技した橋本は、ノーミスで今大会5回目となる15点台を記録 7番目に演技した橋本は、ノーミスで今大会5回目となる15点台を記録【写真は共同】

――橋本選手が、種目別の鉄棒でも金メダルを獲得しました。どのような感想を持ちましたか? 「時代を変えていく選手」というのは突然現れ、あっという間に手の届かないような結果を出していくもの。橋本選手を見て、そういう選手が現れたなという気がしました。同じ五輪の舞台に立ったことがある私ですらある種の“戸惑い”があるのですから、体操ファンや五輪ファンの方たちはそれ以上に驚いたんじゃないかと思います。  2019年に行われた世界選手権で、橋本選手は最後にミスをしてしまいました。そして、代表では一番年下であるにもかかわらず、不甲斐なさから悔し涙を流していたんです。当時はまだ初々しさが残る選手でしたが、そこからわずか2年弱、東京五輪でこれほど活躍するとは思いませんでした。五輪を通して成長したのかもしれませんが、本当にビックリしたというのが率直な感想です。 ――メダル争いの候補と目された1番手のミラド・カリミ(カザフスタン)、3番手のブロディ・マローン(米国)は、ミスで得点が伸びませんでした。「演技の順番」は影響したと思われますか?  カリミ選手やマローン選手は、後半に試技を控えていた橋本選手の点数をターゲット(基準)として定めていたでしょう。今大会ここまでの演技から、彼はほぼ確実に15点付近を出してくるだろうと。メダルラインは僅差の勝負、あわよくば金メダルまで狙いたい――と考えた前半の選手たちは、通常よりも難度の高い演技にトライしていました。それがミスという結果につながったのですが、この点を見ても演技の順番は関係あったと思います。 ――他の種目別は僅差でしたが、鉄棒では失敗した選手も多くいました。鉄棒は失敗の可能性が高い種目なのでしょうか?  体操には、スペシャリストが活躍しやすい種目とオールラウンダーが活躍しやすい種目があります。ゆか、平行棒、鉄棒は比較的オールラウンダーが活躍しやすい種目。ただ、スペシャリストにもプライドがありますし、高得点を狙ってくる傾向があります。  今回の種目別、ゆかと平行棒に関してはスペシャリストが予選で上位につけていましたが、鉄棒ではオールラウンダーの橋本選手がトップ通過でした。スペシャリストからすれば焦りがあったでしょう。自分の演技をしっかり出さないと勝てない状況において、そういうプレッシャーを予選の段階から与えているところが素晴らしかった。「トップ通過のハシモトは失敗しないだろう」。そんな雰囲気が、ライバルたちのミスにつながった気がします。  

練習の基準が高かったから、「普段通り」で頂点に立てた

五輪の、しかも決勝の舞台で普段通りの戦いを貫いた橋本に米田氏も驚きを隠せず 五輪の、しかも決勝の舞台で普段通りの戦いを貫いた橋本に米田氏も驚きを隠せず【写真は共同】

――米田さんは解説の中で、「橋本選手は練習から難しい技に取り組んでいた」とお話をされていました。その成果が本番で表れた感じでしょうか?  橋本選手は表彰式後のインタビューで、「普通の演技をしてしまった」と話しました。ライバルたちが技の難度を上げていく、つまりリスクを冒して攻める選択をする中で、橋本選手はこれまでやってきた演技構成で手堅く臨んだんですよね。これに対して、“引け目”を感じているような話をしていたのが印象的でした。  もちろん、橋本選手が自身の戦い方に“引け目”を感じる必要はありませんし、手堅く臨んだところで優勝できるとは限りません。彼は「普通の演技」と言いましたが、決勝の大舞台で「普段通り」を徹底することは本当に難しいんです。そして、本番で「普段通りに演技をして金メダルを取る」には、それまでの練習の中で非常に高い基準までパフォーマンスを上げる必要があります。それができていたからこそ、「普段通り」の演技で頂点に立てたのだと思います。  失うものがないこの決勝、攻めの演技にトライしたライバルたちに合わせてカッシーナやコールマンといった技を連続でやっても良かったのですが、彼は終始自分の演技をすることに集中し、そして勝ちました。19歳とは思えない、クレバーな選択でしたね。 ――橋本選手が金メダルを獲得したことで、日本の選手にしてみれば、身近に金メダリストが存在することになります。  特に、18歳の北園丈琉選手(徳洲会)にとっては大きいかもしれません。北園選手は五輪開幕の3カ月前に大ケガを負ってしまい、出場にたどり着いたことだけでも奇跡と言える状況。その中で、団体では銀メダルも獲得しています。  ケガを考えればこれだけで十分に喜べる結果、「本当に良い経験ができた」と締めくくってもいい内容だと思いますが、6位に終わった直後のインタビューでは悔し涙を流していました。これは、今大会で2冠を達成した19歳の橋本選手を強く意識してのものでしょう。ひとつ年上とはいえ、ほぼ同年代の先輩の大活躍。彼にとって大きな刺激になったはずです。  

メダルの個数より、世界を驚かせたことが大きい

「6人の男子選手それぞれに課題や喜び、収穫があったのでは」と米田氏 「6人の男子選手それぞれに課題や喜び、収穫があったのでは」と米田氏【写真は共同】

――これで体操男子もすべての種目が終了しました。今大会の総括をお願いします。  私としては、谷川航選手(セントラルスポーツ)が種目別の跳馬で金メダル、内村航平選手(ジョイカル)が種目別の鉄棒で金メダルを獲得すると予想していたので、体操男子自体は大活躍すると考えていました。ただ、若い選手たち(橋本、北園)があれだけの結果を出すとは思ってもいませんでしたね。終わってみれば、完全に「橋本選手のオリンピック」。そういう意味では、メダルの個数よりも彼ら新世代が世界を驚かせたことが大きかったです。  東京五輪には、6人の男子選手が出場しました。内村選手は自分を超えていく世代が来たと実感し、選手キャリアをこれからどう過ごしていくのかを考えるきっかけにもなったでしょう。亀山耕平選手(徳洲会)も最終的に代表の権利を獲得し、決勝の最終演技者として十分に演技で感謝の気持ちを表現できましたし、萱和磨選手(セントラルスポーツ)は種目別あん馬で銅メダルを獲得、団体ではキャプテンとして最大限の貢献を見せました。谷川選手は悔しい思いをしましたが、今大会では持っている力の半分ぐらいしか出せていません。もっと活躍できる選手です。6人それぞれに、課題や喜びを感じられた東京五輪だったんじゃないかなと思います。 ――種目別・鉄棒の決勝に残った北園選手の演技についてはいかがでしたか?  ケガがあったとはいえ、個人総合では悔しい結果になった。それを受けての種目別決勝ですから、当然メダルは狙ってきたと思います。落下というミスはあったものの、本人にとってはすごく大きな収穫だったのではないでしょうか。落下後には、伸身のトカチェフをチャレンジしました。ミスをした段階で演技を止める選択肢もありましたが、こういうところが彼の強さ。パリ五輪、ロサンゼルス五輪でメダルを取ったとき、このシーンは彼の強さを象徴するエピソードとして取り上げられるかもしれません。

「つり輪が強い選手」が総合力を引き上げる

――3年後のパリ五輪に向けて、さらに有望な選手が出てきそうな予感がしますね。  19年の世界ジュニア選手権男子団体で、日本は優勝をしています。24年のパリ五輪では、このときのメンバーも代表争いに加わってくるでしょう。選手としては3年というのがまた絶妙で、結構あっという間なんですね。急成長を遂げる選手もいるでしょう。本当に層が厚く、日本の体操界としてはすごく楽しみな状態でパリ五輪を迎えるのではないかなと思います。 ――良い話題が多かった今大会ですが、団体ではROC(ロシアオリンピック委員会)に0.1点差で敗れました。中国にも底力があります。団体としての課題はどこにあると考えますか?  10代の橋本選手と北園選手はこれからなので、さらなる伸び代が期待できます。あとは、つり輪ですかね。あと3年でどこまでつり輪のレベルを上げられるのか。そこが、日本の総合力が問われるポイントと言えるかもしれません。 ――つり輪で世界と戦うためには、何が必要だと思いますか? 「つり輪が強い選手」をどこかに入れていかなければならない。これまで、内村選手が全体のレベルと共に鉄棒のレベルを、そして白井健三さんがゆかのレベルを引き上げてきました。中国はもともと、つり輪が得意な国です。「つり輪が強い選手」がいると他の選手の技術も向上し、種目全体の強化につながるので、つり輪を得意とする選手を強化に参加させることも検討事項でしょう。「6種目の総合力としてはやや劣るけど、この種目は得意」という選手がいたら、少し先を見据えて評価していくのも必要なことだと思います。  

米田功(よねだ・いさお)

【写真提供/サニーサイドアップ】

1977年8月20日生まれ、大阪府出身の男子体操の元日本代表選手。7歳から体操を始めると学生時代からメキメキと頭角を現す。2004年のアテネ五輪では男子体操の主将を務め、団体で金メダル、種目別鉄棒で銅メダルを獲得した。08年の北京五輪代表選考会を兼ねたNHK杯で個人総合8位となり代表入りを逃したことから、体力と精神力の限界を理由に現役引退を表明。引退後はメンタルトレーナーや解説者など活動の幅を広げつつ、12年に「米田功体操クラブ」を設立。13年1月からは徳洲会体操クラブの監督となるなど、指導者として後進の育成にも励む。日本体操協会常務理事。

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