阿部兄妹「2人で金メダルを取る」を実現
互いに刺激となり、さらなる高みを目指す

勝利の瞬間、感情を爆発させた妹の詩

女子52キロ級決勝 フランスのアマンディーヌ・ブシャールを破って優勝し、ガッツポーズの阿部詩=日本武道館 女子52キロ級決勝 フランスのアマンディーヌ・ブシャールを破って優勝し、ガッツポーズの阿部詩=日本武道館【共同】

 兄と妹の夢舞台、2つのゴールドメダルが輝いた。東京五輪の柔道競技は25日、男子66キロ級と女子52キロ級を行い、阿部一二三(パーク24)と阿部詩(日体大)が優勝。兄と妹が同時に金メダリストとなった。2人の喜び方は対照的で、とても兄らしく、とても妹らしかった。  共に優勝候補の2人は、順調に決勝まで勝ち上がった。先に決勝の畳に上がったのは、妹の詩。前回のリオデジャネイロ大会が行われた2016年の冬にシニアデビューして以降、国際大会で59勝1敗という圧倒的な強さを誇る中、19年11月グランドスラム大阪大会で唯一の黒星を喫した相手、アマンディーヌ・ブシャール(フランス)と対峙(たいじ)した。敗れた際に投げられた肩車を警戒しながら、技を仕掛けていくが、なかなかチャンスが訪れない。4分を経過して、ゴールデンスコアに突入。すると、ブシャールに疲労が見えた。腰に手を当て、明らかに距離を取り、体力の回復を図る。動きにキレがなくなってきた。延長4分が過ぎたときだった。「あまり考えていなかったけど、体が勝手に反応した」。  肩車を狙ったブシャールがつぶれると、巧みに相手を起こし、背中を畳に押し付けた。東京五輪が1年延期になってから、得意とする投げ技に加えて磨きをかけてきた寝技だ。20秒が経過し、崩れ袈裟固めで一本勝ち。勝利が決まると、両手を突き上げたり、畳をたたいたりして、感情を爆発させた。「本当に(コロナ禍で)東京五輪があるか分からなかった状況で開催されて、金メダルが取れたので、初めてのような感覚が、決勝が終わった後は舞い降りてきました」という言葉と完全にマッチする興奮状態。思いが弾けていた。  無敵と言われながらも、慢心することなく進化を目指した努力が結実した。自国開催の五輪で金メダルを獲得することは、シニアデビュー時からずっと目指してきた目標だ。それを達成し、普通なら、これ以上の喜びはない。しかし、テレビのフラッシュインタビューで兄の話を振られると「お兄ちゃんが今からなので、まだ気は抜けないんですけど、しっかり応援しようと思います」と話した。夢舞台で、この階級では日本勢初となる金メダルが確定して、それでも気が抜けないなど、一体、ほかに誰が経験するのだろうか。兄思いの妹らしい可愛げが感じられるシーンだったが、同時に、兄と妹がともに本気で2つの金メダルを思い描いてきたことが、うかがい知れた。

喜びを内に秘めた兄の一二三

男子66キロ級決勝 ジョージア選手を破って優勝し、深々と礼をする阿部一二三=日本武道館 男子66キロ級決勝 ジョージア選手を破って優勝し、深々と礼をする阿部一二三=日本武道館【共同】

 妹の優勝を見届けた兄の一二三は「絶対にやってやるぞと、闘志しか湧いてこなかった。プレッシャーは、まったく感じなかったです」と気合いを入れ、男子の3位決定戦2試合を挟んで畳に上がった。相手は、17年世界選手権の準決勝で破ったバジャ・マルグベラシビリ(ジョージア)。パワーのある相手が奥襟を狙って頭を下げにくるが、組み手が離れた直後、やや間合いが開いた一瞬を逃さなかった。1分50秒、得意の袖釣り込み腰を仕掛けると、こらえようとした相手の動きに合わせて技を移行。この日、2回戦、準々決勝でも決めていた大外刈りで技ありを奪った。その後、時間が過ぎる中でも、阿部は油断を見せなかった。マルグベラシビリが攻め手を見つけられずに苦しむ中、4分の経過を告げる銅鑼(どら)が鳴った。  兄と妹の金メダル決定。見守っていた妹の詩が満面の笑みで両手を広げ、兄の勝利を喜ぶ姿が場内モニターに映し出された。しかし、まだ畳の上のにいる兄は、勝利が決まっても喜びを表現しなかった。興奮を抑え込んでいるようでもあり、ただ単に冷静なようでもあった。相手と抱擁を交わし、礼をして下がると、ようやく笑顔で右腕を突き上げてみせたが、それでもまだ落ち着いた表情だった。畳から降りる際には、前日に男子60キロ級で悲願の五輪初優勝を飾った高藤直寿(パーク24)がしたのと同じように座礼を行った。試合後の記者会見では「今、すごく大変な時期。開催されていなければ、金メダルはなかった。開催してくれた感謝の気持ち。感染対策をした中で開催できたことに、選手は感謝しかない」と語った。会場への感謝には、コロナ禍で開催を危ぶまれる中で、兄妹の夢として存在した東京五輪という舞台を迎えられたことへの感謝が詰まっていた。  表彰台を待つ間は、2人で抱擁を交わし、おめでとうという言葉を伝え合った。金メダル一つ取ることがどれだけ大変か。兄妹で2つ。妹は「2人で金メダルを取るという気持ちが一番強かった」と言い、兄は「人生で最高の1日」と充足感を言葉にした。すでに両者とも世界選手権の優勝経験があり、五輪という最高の舞台で同日金メダルという歴史的快挙も成し遂げた。これ以上ないように思えるが、2人は23歳、21歳とまだ伸び盛り。兄の一二三は「もっと、日本、柔道を、引っ張っていけるような柔道家になりたいですし、もっともっと、自分の柔道を突き詰めていきたい。最終的な目標である(史上初)4連覇に向けて、もっと精進して頑張りたい」とはるか先の目標に目を向けた。その光景は、妹の詩が「本当に私の前をいつも進んで引っ張ってくれる存在です」と話した姿そのものだった。2人が互いに刺激となり、高みを目指す。そのサイクルは、兄妹金メダリストとなった後も変わらず、続いていきそうだ。

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