連載:卓球ニッポン、世界一への挑戦―東京五輪で目指す“打倒中国”―

東京五輪で悲願の金メダル獲得へ
卓球ニッポンの激闘を振り返る

リオ五輪では男子団体で銀、女子団体で銅メダルを獲得し、個人戦でも水谷隼が銅メダルに輝くなど大きな飛躍を果たした日本選手団。東京大会では金メダルの期待がかかる リオ五輪では男子団体で銀、女子団体で銅メダルを獲得し、個人戦でも水谷隼が銅メダルに輝くなど大きな飛躍を果たした日本選手団。東京大会では金メダルの期待がかかる【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 今でこそ当たり前のようにメダル獲得が話題に上る日本チームだが、初めて卓球競技が導入された1988年のソウル五輪以降は苦戦が続き、表彰台は遠い目標だった時代もあった。あらためて、今日の礎となった日本代表チームの激闘と飛躍の歴史を振り返る。(以下、敬称略。所属は当時のもの)  

善戦はするものの、男女ともに表彰台は遠かった

 卓球が五輪で正式種目に認められたのは、1988年のソウル大会になる。種目は、男女シングルス、男女ダブルスの計4種目であった。2004年まではダブルス種目が行われていたが、2008年北京大会からダブルスに替わり男女団体に変更されている。  1988年ソウル大会の日本代表選手は、男子は宮崎義仁(和歌山相銀)、斎藤清(日産自動車)、小野誠治(ヤマハ)、渡辺武弘(協和発酵)。女子は、星野美香(三井銀行)、石田清美(住友生命)、内山京子(十六銀行)の7名だった。男子シングルスは、宮崎、斎藤が予選敗退。小野は決勝トーナメント1回戦。男子ダブルスは、小野・宮崎組、斎藤・渡辺組ともに予選敗退。女子シングルスは、石田、内山が予選敗退、星野は1回戦だった。女子ダブルスは、日本の星野・石田組が準決勝に進んだが、惜しくも敗れ3位決定戦に進む。決定戦ではユーゴペアと好勝負を演じたが敗退し、日本初のメダル獲得とはならなかった。

五輪初の卓球競技開催となったソウル五輪では、女子ダブルスで3位決定戦まで進んだが、惜しくもメダル獲得はならなかった 五輪初の卓球競技開催となったソウル五輪では、女子ダブルスで3位決定戦まで進んだが、惜しくもメダル獲得はならなかった【写真は共同】

 地元韓国は男子シングルスで金、銀メダル、女子ダブルスで金メダル、男子ダブルスで銅メダルと計4個のメダルを獲得した。中でもハイライトになったのは、男子シングルス。決勝は韓国勢同士の戦いとなり、激闘の末にドライブとフットワークで勝った劉南奎が金キ澤を撃破。初代金メダリストに輝いた。  1992年はスペインのバルセロナで開催された。日本代表選手は、男子は渋谷浩(川崎製鉄千葉)、松下浩二(協和発酵)、渡辺武弘(協和発酵)、仲村錦治郎(明徳義塾高)。女子は、佐藤利香(武田薬品)、山下富美代(松下電工)、星野美香(さくら銀行)、松本雪乃(日産自動車)の8選手。男子は予選リーグ敗退。女子は山下と星野が予選を3戦全勝で突破したが、決勝トーナメント1回戦で敗退した。この大会はヨーロッパ勢が強く、男子シングルス決勝はスウェーデンのワルドナーとフランスのガシアンの対戦となり、優勝候補筆頭のワルドナーが盤石の試合運びで初優勝を飾った。女子はソウルに続き、中国選手が優勝を果たした。  1996年はアメリカのアトランタで開催された。直前にテロ爆破事件があり、警戒ムードの中開催された。日本代表選手は、男子は松下浩二(グランプリ)、渋谷浩(川崎製鉄千葉)、田崎俊雄(協和発酵)、遊澤亮(東京アート)。女子は小山ちれ(池田銀行)、東童多英子(松下電工)、佐藤利香(武田薬品)、海津富美代(松下電工)の8選手。男子シングルスは、渋谷、田崎が予選敗退。松下が予選を抜けて決勝トーナメントに進出したが、優勝した劉国梁(中国)に1回戦で敗れる。男子ダブルスに出場した松下・渋谷組は優勝した孔令輝・劉国梁に準々決勝で敗れたが5位入賞。この大会から中国選手の活躍が目覚ましくなった。田崎・遊澤組は予選敗退。女子シングルスの小山は準々決勝に進出したが、喬紅(中国)に敗れ5位。東童、佐藤は予選敗退。女子ダブルスは、小山・東童組が5位。佐藤・海津組は予選敗退。前回活躍したヨーロッパ勢は元気がなく、中国の劉国梁が表ソフトラバーながら変化サービスと速攻を駆使し、男子シングルスと男子ダブルスで金メダルを獲得した。

アトランタ五輪では中国が男女のシングルス、ダブルスでともに金メダルを獲得。ここから中国1強の時代へ突入することとなる アトランタ五輪では中国が男女のシングルス、ダブルスでともに金メダルを獲得。ここから中国1強の時代へ突入することとなる【写真:ロイター/アフロ】

 2000年シドニー大会。男子は松下浩二(ミキハウス)、偉関晴光(寿屋)、田崎俊雄(協和発酵)、渋谷浩(日産自動車)。女子は小山ちれ(池田銀行)、小西杏(ミキハウス)、坂田倫子(熊本県スポーツ振興事業団)、内藤和子(両備システムズ)、藤沼亜衣(四天王寺高)の9選手。男子シングルスは、松下と田崎がベスト16、偉関は2回戦敗退。女子シングルスでは小山が5位入賞、小西が2回戦、坂田は1回戦敗退だった。男子ダブルスは、期待された松下・渋谷組は予選敗退。偉関・田崎組は3回戦で敗れた。女子ダブルスは、小西・藤沼組が3回戦敗退。坂田・内藤組は予選敗退。  男子はワルドナーが1992年のバルセロナ以来、決勝に進出。誰もがピークを過ぎたと思っていたが、彼のオールラウンドプレーは健在だった。準々決勝でサムソノフを3-2で下し、準決勝では前回金メダリストの劉国梁を3-0のストレートで撃破。2度目の優勝なるかと思われたが、決勝では当時世界ランク1位の孔令輝との大接戦の末に惜しくも2-3で敗れた。  2004年は五輪の聖地・アテネで開催された。男子は松下浩二(ミキハウス)、遊澤亮(東京アート)、新井周(グランプリ)、田崎俊雄(協和発酵)、鬼頭明(愛知工業大)。女子は梅村礼(日本生命)、藤沼亜衣(ミキハウス)、福原愛(ミキハウスJSC青森)の8選手。男子シングルスは、新井、遊澤は1回戦、松下は3回戦であった。男子ダブルスの新井・遊澤組は2回戦、鬼頭・田崎組は3回戦で敗れた。男子シングルスは軽快なフットワークとドライブを見せる韓国の柳承敏が勝ち上がり、決勝では中国の王晧を下して1988年以来、16年ぶりに韓国選手が優勝を飾った。  女子シングルスは、梅村、藤沼ともに4回戦まで進み、5位入賞。女子ダブルスの梅村・藤沼組は5位入賞。初出場した15歳の福原も期待に応え4回戦に進出した。この大会はメダルこそ獲得できなかったが、女子の活躍が目についた。  2008年北京大会からダブルスに替わり、団体戦が実施される。団体種目はその後、すべて中国が金メダルを獲得している。日本代表メンバーは、男子は韓陽(東京アート)、水谷隼(明治大学)、岸川聖也(スヴェンソン)。女子は福原愛(早稲田大学)、平野早矢香(ミキハウス)、福岡春菜(中国電力)の6選手。男子団体は敗者復活2回戦で敗れ5位、女子団体は3位決定戦で韓国に敗れ、4位。男子シングルスは岸川が2回戦、水谷が3回戦、韓陽は4回戦まで進んだ。女子シングルスは、福岡、平野は3回戦、福原4回戦まで駒を進めた。  女子シングルスは張怡寧VS王楠の新旧女王対決となり、前半は王楠ペースだったが、第2ゲームをジュースの末に取った張怡寧が流れを引き戻し、2連覇を遂げた。男子シングルスは、世界ランク1位と2位の王晧VS馬琳の対戦となり、流れは王晧にあったものの、ガッツ溢れるプレーを見せた馬琳が要所で確実にポイントをあげ、4-1で王晧を下し金メダルを獲得した。

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