陸上大国・アメリカはどう逆境を越えた?
平坦ではなかった選手たちの歩む道のり

五輪選考会も無事全日程を終え、いよいよ「絶対王者」アメリカチームが日本にやってくる(写真は男子100メートル決勝) 五輪選考会も無事全日程を終え、いよいよ「絶対王者」アメリカチームが日本にやってくる(写真は男子100メートル決勝)【写真は共同】

 陸上競技において、アメリカは世界に君臨する絶対王者であり続けてきた。1984年のロサンゼルス大会以来、五輪での獲得金メダル数は毎回世界トップ、金銀銅の合計数も92年バルセロナからトップの座を譲っていない。そんな陸上王国の五輪選考会は、いつの時代も注目の的となってきたが、今回も例外ではない。  6月27日、アメリカの五輪選考会が幕を閉じた。オレゴン州で来年開催される世界陸上に向けてリノベーションされたヘイワードフィールドで、8日間にわたり行われたこの大会で、東京五輪を戦う代表メンバーの顔ぶれがほぼ決まった。選考会の結果、男子やり投げなど5種目を除く全ての種目において、五輪参加標準記録をクリアした選手で定数が埋まった。女子1万メートルでは大会記録が生まれ、女子400メートルハードルと男子砲丸投げでは世界記録が更新された。  ほんの5カ月前、アメリカはコロナ感染者数と死者数のピークにあり、1週間に満たない期間で日本全体の積算数を上回る数字を記録していた。パンデミックによる社会的、経済的打撃に見舞われ、政治的混乱と大統領選挙での社会の分断が深まる中、通常のトレーニングやレースは到底望めない状況にあった。五輪は延期され、その1年後の夏に本当に開催されるかどうかも不明確。そんな逆境を、選手たちはどのように乗り越えてきたのだろうか。決して平坦ではないここに至る道のりを、選手と関係者のコメントを交えて伝えたい。

感染拡大時には、競技場へのアクセスも許されず

十種競技のハリソン・ウィリアムズ(写真)のように、延期期間を休養にあてた選手も 十種競技のハリソン・ウィリアムズ(写真)のように、延期期間を休養にあてた選手も【写真:ロイター/アフロ】

 感染拡大が始まったのは、2020年のウィンターシーズンがまさにピークを迎えていた時だった。2月14日、15日開催の全米室内陸上選手権が予定通り行われ、その2週間後にはアトランタで日本のMGC(マラソングランドチャンピオンシップ)のモデルとなった、一発勝負のマラソン選考会が開催された。だが、その後2週間を待たず、NCAA(全米大学スポーツ協会)は全米学生室内陸上を開催前日に中止を決定。それと同時に、あらゆるスポーツイベントのキャンセルが発表された。ボストンマラソン、夏の全米陸上選手権などの大きな大会はいったん秋へ日程を変更するも、東京五輪の延期が決まると、あらゆる大会が中止に追い込まれた。中には1世紀を超える歴史において、初の中止を強いられた大会もある。  厳重なロックダウンと感染者数急上昇のさなか、選手とそれを支えるチームは試行錯誤を余儀なくされた。本来であれば、東京五輪に向けて全身全霊で準備をしていたはずなのに、選手たちはトレーニング場へのアクセスさえできないでいた。「モチベーションを失った選手たちもいました」と語るのは多くの陸上選手の代理人を務めるカレン・ロックだ。競技から一時離れた選手もいる。マラソン選考会で優勝したアリフィネ・トゥリアムクは子供をもうけるという選択をし、今年1月13日に女の子を出産した。また、デカスロン(十種競技)選手で2019年ドーハ世界陸上アメリカ代表のハリソン・ウィリアムズは数カ月の休養をとり、故障からの回復に専念した。 「五輪が延期になり、ホッとしました」とウィリアムズは語る。「故郷に戻って、身体を健康な状態に戻すことに専念し、自分を再発見することもできました。2、3カ月競技からもトレーニングからも完全に離れ、普通の人間として暮らしてみたのです。最初はアイデンティティーを失うようで辛かったけど、新しい自分に出会い、人間としてより豊かになった気がします」  この期間に普段できないトレーニングを取り入れた選手もいる。女子棒高跳びで、現在世界ナンバーワンの地位にいるケイティ・ナギオットだ。彼女は先月末の選考会でも優勝している。 「アメリカ陸連の補助金を使って、人里離れた土地の古い倉庫を改造して練習場を作り、自宅ガレージにはウェイトトレーニング用の設備を入れて、小さなバブルの中で普段の形に近いトレーニングをこなすことができました。恵まれていたと思います。競技会がないことを逆手にとって、技術を磨くことにフォーカスしました。以前から自分には修正すべき点があることを感じていたので、この機会に集中してその課題に取り組んだんです」

コロナ禍で生まれた画期的なアイディアも

サム・ケンドリックス(右)ら棒高跳びのトップ選手は、自宅からリモートで映像をつないで互いの跳躍を競い合った サム・ケンドリックス(右)ら棒高跳びのトップ選手は、自宅からリモートで映像をつないで互いの跳躍を競い合った【写真:松尾/アフロスポーツ】

 競技会の中止は、斬新なアイデアも生んだ。棒高跳びの世界3強、スウェーデンのアルマンド・デュプランティス、アメリカのサム・ケンドリックスとフランスのルノー・ラビレニは、それぞれの自宅からリモートで映像をつなぎ、ハイレベルな跳躍バトルを繰り広げた。その一部始終は、世界陸連でライブ中継された。また、マイクロレース、小規模トラック競技会、少人数ロードレースが人のいないロケーションで開催され、その多くはアメリカ陸連の積極的な関与とサポートによって公認コースに認定された。そして、そこで出た記録は公認記録として認められている。  これまでに複数の五輪選手を輩出してきたハンソンズ・ランニングチームのケビン・ハンソンコーチは「ミシガン・プロ駅伝」を企画し、全米からトップランニングチームが集結した。前出の女子マラソンアメリカ代表・トゥリアムクのコーチであるベン・ロザリオは、マイクロレースの「マラソンプロジェクト」を立ち上げた。20年のアメリカ男子ベスト8のうち7つの記録が、女子は20年ベスト6のうちの4つはここで出たものだ。ニューヨークシティマラソンを主催するニューヨークロードランナーズのサム・グロートウォルドはこう話している。 「この18カ月間、選手や関係者たちはロードでも、トラックでも自ら工夫してレース機会を創出してきました。これには勇気づけられました」

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