走れば走るほど、異次元の強さを見せる

挑戦的で、ユーモラスで、冷徹で、それなのにエモーショナル。新谷仁美(積水化学)は、見る価値を強く感じさせるランナーだ。もちろん、レースの結果も出す。400メートルのトラックを25周、走れば走るほど異次元だった。次々に他選手を周回遅れにしていく新谷がホームストレートを走るたび、記録への挑戦を後押しする拍手がヤンマースタジアム長居に響いた。日本陸上連盟が定めた東京五輪の参加標準記録はすでに突破しており、タイムに関係なく、1位でゴールすれば五輪の日本代表に内定する。しかし、世界で戦うために日本記録を出したいと公言していた新谷は、序盤の2000メートル過ぎから他選手を引き離し、人ではなく記録を追いかけた。女子1万メートルの日本記録は、2002年に渋井陽子が出した30分48秒89。残り5周の段階で「もう日本記録は間違いない」と宣言した場内アナウンスは、大記録の可能性を示していた。終盤、新谷は苦しそうな表情を見せたが、ペースはそれほど落ちなかった。ゴールしてヒザに手をつく。計測の表示は、30分20秒44。日本記録を28秒45も更新した。 レースが行われたのは、12月4日の第104回日本陸上競技選手権大会・長距離種目。女子1万メートルにエントリーした新谷は、日本新記録を大幅に更新し、東京五輪の代表に内定した。自らに課したハードルを越え、プレッシャーから解放された喜びは、ある。しかし新谷は、もうその先を見据えていた。レース後、会場で記者会見に臨むと、次のように話した。 「世界の強い選手は、タイムを狙うよりも(ペースのアップダウンの駆け引きで)勝負を仕掛けてきます。でも、(ペースの)波のあるレースに対応するには、まずタイムを近付けないといけません。まずはタイムを出して、波のあるレースで少しでも差を縮めようと考えていました。(良い記録が出て)まずは一段階クリアできたと思いますが、世界は29分台になっているので、私の30分20秒だと、300メートル先に優勝者がいる。そういう現実を見たら、まだまだだけど、まずは一段階上に行けたかなと思います」 冷静で現実的な評価だ。アフリカ勢が圧倒的な脚力を見せつける長距離トラック種目は、スピードとギアの切り替えを必要とされる過酷なレースとなる。現在の世界記録は、2016年に樹立された29分17秒45。国内の大記録を出してもまだ、世界のトップと勝負はできない。しかし、新谷は、その現実が示唆してくる「無理」という概念と勝負するつもりでいる。レース翌日、東京五輪の代表内定会見に出席した新谷は「トラックの長距離は、アフリカ勢の強さがすごく引き立っているので、日本人は無理だろうと思われがちですが、そこを私はどうしても、ぎゃふんと言わせたい。日本人でもやれることを証明したい」と宣言。さらなるスピード強化と、レース展開に振り落とされる恐怖に負けずに力を発揮し続けるメンタルの強化を課題に挙げた。