動画提供:朝日新聞デジタル 人は彼をこう呼ぶ。アームレス・アーチャー。 生まれつき腕のないアーチェリー選手が駆使する技が、「足射(う)ち」だ。 マット・スタッツマン(37)=米国=は足の指を手のように使って弓に矢をセットし、足で50メートル先の的を射抜く。独特な射法から繰り出す矢の勢い、精度はトップレベルだ。2015年には世界アーチェリー連盟が定める条件下で最も遠い的を射抜く記録に挑戦。健常者を上回り、約283メートルのギネス記録を打ち立てた。 「僕は全てのことを足でやる。足が手なのです」
技―WAZA―
283m先の的を足で射抜く弓の名手
ギネス記録を持つパラアスリートの実力
朝日新聞デジタル

なぜ、高いパフォーマンスを発揮できるのか。理由の一つが、構えを固める力にある。 健常者は立った状態で、片手で約7キロの弓を持ち、もう片方の手で矢を引く。使う体の部位は主に腕と背筋だ。一方でスタッツマンは、椅子に座った状態で右足の親指と人さし指で弓を挟むように持ち上げ、もう片方の足を地面につけて構えを維持する。姿勢はアンバランスに見えるが、肝は足の筋肉と体幹を使える点にある。 「重い弓を安定させ、精度を上げるには強い筋力が必要。足は腕よりも筋肉が大きい。体幹も使うことで、弓を構えた時の体のバランスは、より取りやすくなる」 一般的な弓の「リカーブ」ではなく、「コンパウンド」という弓をスタッツマンは使う。弦を引く力が弱くても矢を遠くに飛ばすことができるように、先端に滑車が付いた弓だ。 パラリンピックでは四肢まひなどの障害の重い「W1クラス」を除いて、障害クラスではなく、2種類の弓具ごとに種目が分かれ、立位の選手も車いす(W2クラス)を使用する選手らと一緒に戦う。立位でも障害の種類や程度に応じて、スタッツマンのようにいすを使用することが認められている。72射の合計得点で予選通過者を決め、決勝トーナメントは1対1でメダルを争う。

的の距離は50メートル(リカーブは70メートル)。リカーブより的中精度が高いコンパウンドでは一つのミスが命取りになりかねない。本来なら弓を“引く”ところを足で“押す”スタッツマンは、より強い力で張力の強い弓を使える点でも強みがある。風や雨などの影響を最小限にとどめることができ、72射では720点中、700点近くの高得点をたたき出す。 食事や歯磨き、車の運転など、日常生活での動作も繊細に足を操ってこなす。東大がスタッツマンの脳の働きを調べたところ、本来は手を動かすと反応する脳の一部分が、足を動かすことで反応を示したという。 「脳の進化」によって競技レベルはより高まった。「できないことも繰り返しやればできるようになる。息子のおむつだって替えられるんだ」と誇らしげだ。 09年ごろ、人間が鹿に向かって矢を放つテレビCMにみせられてアーチェリーの世界へ。パラリンピック初出場となった12年ロンドン大会で銀メダルを獲得した。世界一の射手を夢見て、挑んだ16年リオデジャネイロ大会は16強に終わった。来年に延期された東京大会はリベンジを誓う舞台となる。 「全てを出し、最高の大会となることを期待している」 足で射抜くのは的だけではない。金メダルだ。 (榊原一生、写真=諫山卓弥) ※本記事は朝日新聞デジタル『WAZA』からの転載です。掲載内容は朝日新聞デジタルで掲載した当時(2020年5月21日)のものです。
マット・スタッツマン
1982年12月生まれ、米国出身。生まれつき両腕がなく、競技と出合い足と肩で矢を射る技術を習得。2012年ロンドン・パラリンピックに初出場し、銀メダルを獲得。東京大会では3大会連続出場をめざす。15年には283メートル離れた最も遠い的を射たというギネス世界記録を打ち立てた。
スタッツマンが弓を射る方法
(1)右足の親指と人さし指で矢を挟み、つま先で約7キロの弓を「持つ」 (2)弓を射るために使うのは足全体の筋肉と体幹。健常者は背筋と腕を使う (3)体につけた器具で弦を支え、矢は引くのではなく「足で押す」 (4)弓を下ろしながら的に照準を定める。腕や足の筋肉をリラックスした状態に (5)あごでリリーサーと呼ばれる装置を押して矢を放つ
スタッツマンの「スゴ技」
・車の運転時は右足でハンドルを操作し、左足でアクセルとブレーキを踏む ・15年には、健常者の選手が保持していた最も遠い的を射抜く記録にも挑戦。283メートル先の的に命中させ、世界記録を樹立
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