東京オリンピック・パラリンピック、聖火リレー延期後の日程を更新しました(9/30)。聖火リレーの市区町村ごとの日程やルートについては、正式発表後に更新します。

技―WAZA―

宮崎大輔が絶賛、豪速球は最速127キロ
若きハンドのエース候補、その技を動画で

動画提供:朝日新聞デジタル  空中でためを作った後、豪速球でゴールを打ち抜く。その最速は、時速127キロ。ハンドボール日本代表の若きエース候補が、部井久(べいぐ)アダム勇樹(20)だ。

「今まで見た中で一番速い」

シュートを放つ部井久アダム勇樹 シュートを放つ部井久アダム勇樹【提供:朝日新聞デジタル】

「今まで見た代表選手のなかで一番速いよ」  ハンドボールの第一人者、宮崎大輔(38)からそう声をかけられたのは、2年前。史上初めて、高校生で日本代表デビューを果たした時だった。  「才能とか、生まれ持ったものはあると思う」と部井久は率直に言う。身長194センチ、体重100キロ。父はパキスタン出身で元クリケット選手、母は日本人で元バレーボール選手だ。  高校時代は細かった。福岡・博多高の入学時は79キロ。米8合を食べることを日課とした。「食事で楽しかった記憶なんてないですよ」。中大に進学後、昨季からフランスのクラブでプレーする。環境が変わる中でも、この1年間で体重は7キロ増えた。「強いシュートは世界でも通用する」。体重に比例するように、自信も深めている。  馬力を最大限に引き出すのが、きれいな投球フォーム。大阪大大学院医学系研究科の小笠原一生(いっせい)・助教(39)は「動きのつなぎが滑らかで、力を伝える運動連鎖の順序性が素晴らしい」と分析する。  左足で踏み切った直後の姿勢が安定している。ポイントとなるのは右足だ。体の前で90度近くに折り曲げることでバランスを保ち、ほんの一瞬、空中で体が固定される。そこから、右足を後ろに蹴り出す。「右足で空中に杭を打つイメージ」と小笠原助教。ここで、力が上半身に伝わる。

右腕の振り「バレーボールのよう」

シュートを放つ部井久アダム勇樹 シュートを放つ部井久アダム勇樹【提供:朝日新聞デジタル】

 ボールを持つ右腕の振りについて、部井久は「バレーボールのアタックみたい。腕をひじから出して、ムチのようにしならせる」。肩と胸周りが柔軟で右腕を頭の後ろに大きく引けるために、ボールを手放すまでの「助走距離」も長い。    フォームが固まったのは高校3年の頃。動画でテニスのサーブを参考にした。「感覚的なものなんですけど、ひとつ確立できた」と振り返る。テイクバックを小さくし、クイックで投げることもできる。ブロックしようとする相手守備がジャンプの最高到達点に届く前に、上からたたき込む。  小学校まではソフトボールで捕手をしていた。野球のソフトバンクのファンで、いつも結果を気にしている。様々な競技への興味が、プレーにつながっている。  リオデジャネイロ五輪でドイツを率いて3位となった日本代表のシグルドソン監督は言う。「強いシュートを打てるだけでなく、ジャンプ、そして、大きな体で素早いステップを踏める。すごく才能がある」

「エースになりたい」

ハンドボール日本代表の部井久アダム勇樹 ハンドボール日本代表の部井久アダム勇樹【提供:朝日新聞デジタル】

 日本男子は東京五輪には開催国枠で、1988年ソウル大会以来となる出場を決めている。部井久は「思い描いていた舞台が日本であるのは本当に幸運。エースと呼ばれる存在になりたい」と話す。  コートの左側からゴールを狙う部井久に対し、キーパーはゴール右上に注意するのが定石だ。だからこそ、そこを狙う。試合開始早々に右上を射抜けば、心理面で優位に立てるからだ。剛腕故に成せる。(吉田純哉、写真は諫山卓弥) ※本記事は朝日新聞デジタル『WAZA』からの転載です。掲載内容は朝日新聞デジタルで掲載した当時(2019年7月23日)のものです。

部井久アダム勇樹(べいぐ・あだむ・ゆうき)

1999年生まれ、福岡市出身。小学校で福岡県タレント発掘事業に参加し、中学から本格的にハンドボールを始める。福岡・博多高3年時に日本代表入り。2017年7月の韓国戦で代表デビューした。現在は中大に在籍しながら、昨季からフランスのチームでプレーする。ポジションは左バック。

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