クラス分けで訪れた「東京で金」の好機
全盲のスイマー富田宇宙が伝えたいこと

パラ水泳で頭角を現す富田宇宙
パラ水泳で頭角を現す富田宇宙【写真:吉田直人】

 パラリンピック競技には、選手が義足や車いすなどの器具を扱い、装具と一体となって臨む競技もあれば、身ひとつでパフォーマンスの極地を目指す競技もある。後者の一つがパラ水泳である。競泳という一見シンプルな競技の中に、障がいの種別や程度によって無限の創意工夫が存在し、選手たちは日々研鑽(けんさん)に励む。

 富田宇宙(日体大大学院/EY Japan)は、視覚障がいのなかで最も重い全盲クラス(S11)のスイマーとして、パラリンピックの頂点を目指している。

「(競技は)楽しさより苦しさのほうが多い」と苦笑交じりに話す富田だが、その先には、自身が社会に向けて発信したい思いがあった。

 今回は、陸上・十種競技の元日本チャンピオンでタレントの武井壮さんが、パラ水泳を体験するというNHKの撮影現場に同行。富田のパラスイマーとしての探求と矜持について聞いた。

9月の世界選手権は重要な試金石

「足首は、捻挫のひどいやつで、左足の小指は骨折。足首は階段を踏み外して。小指はプールに入水する時に、コースロープに引っ掛けてしまって」

 痛々しい自らの足の状況を淡々と話す。

 今シーズン前半、富田はケガをしていた。夏を前に戦線復帰の目処(めど)が立ち、9月9日に開幕する世界選手権へ向け、8月は「泳ぎこみ」と呼ばれる高強度のトレーニング期間にあてた。

 ロンドンで開催される世界選手権は、富田にとっての「世界大会デビュー戦」となる。本来、その場は2017年に訪れるはずだったが、開催地のメキシコで発生した大規模な地震の影響で、出場を断念せざるを得なかった。

 昨年10月にインドネシアで開催されたアジアパラ競技大会では、3種目で表彰台に上り、そのうち100メートル自由形では金メダルを獲得。400メートル自由形では現在世界ランキング1位だが、世界のトップ選手が一同に会する機会は世界選手権とパラリンピックのみであり、富田にはその経験がない。東京パラリンピックの約1年前にあたる9月のロンドンは重要な試金石となる。

「本当のレースをするのは今回が初めてという意識で、かなり高い緊張感を持っています。(400メートル自由形は)アジア記録といっても独泳のなかで出した記録なので、他の選手と競争しながら泳ぐ感覚がまだ全然ない。プレッシャーを感じながら泳ぐことを楽しみたいと思っています」

“異なる競技”に飛び込んで

2017年、視覚障がいの中でも全盲クラスのS11に変更。富田はそれまでのS13クラスとは「競技自体が違う」と表現する
2017年、視覚障がいの中でも全盲クラスのS11に変更。富田はそれまでのS13クラスとは「競技自体が違う」と表現する【写真:吉田直人】

 富田は2016年まで、視覚障がいのクラスでは最も軽度となるS13クラスの選手だった。しかし、進行性の病である網膜色素変性症の影響で視力がさらに低下し、17年7月にS11クラスへ変更となった。

 全盲クラスのS11では、選手たちは公平性を保つため、光を遮断する「ブラックゴーグル」を装着して泳ぐ。ターン時、フィニッシュ時は「タッパー」と呼ばれるスタッフが、先端にウレタンの付いた棒で選手の頭や背中をタッチし、タイミングを知らせる。泳法も、コースロープに触れながら進行方向を微調整して前進するため、高い習熟度を必要とする。一般的な競泳とはまったく異なる特性を持つため、富田自身も「競技自体が違う」と表現する。

 クラス変更が転機となり、突如として世界トップを狙う舞台に躍り出た富田だが、自身の泳ぎの練度は「まだ低い」という。

「そもそも泳ぎ方の成り立ちが違うんです。先天的に見えていない選手が、最初からロープをたどるように泳いできた場合と、僕のように後から見えなくなった選手が、恐る恐るロープをたどろうとするのでは根本的に違う。当然、前者の方が泳ぎの思い切りの良さや、ストローク(手足の水かき動作)の回転数、ひとかきの出力の大きさがあるわけです。その点、僕はどうしても制限がかかってしまうから、泳速の差になって現れてきます」

 同じS11に所属し、北京、ロンドン、リオと3大会連続でパラリンピックの舞台を踏み、計6つのメダルを獲得している木村敬一(東京ガス)は、力を最後の一滴まで振り絞るかのように猛然と突き進む。そのため、50メートルなどの短距離では、木村が富田よりも優位に立っている。

 逆に「過去に見えていた」ことのメリットもあるという。それはフォームの効率性だ。3歳から水泳を始めた富田は、基本的な泳法は身に付けているため、泳ぎのフォームにロスが少ない。その利点は、特に距離が長くなるほど効力を発揮する。そのため、100メートル以上の距離が、富田のメインフィールドになってくるというわけだ。

吉田直人
1989年千葉県生まれ。大学時代は学内のスポーツ機関紙記者として、箱根駅伝やインターカレッジを始め各競技を取材。2016年、勤務先の広告代理店を退職後、フリーランスライターとしてスポーツを中心に取材を行っている。