「諦めたら終わり」鉄人は5度目の挑戦へ
パラトライアスロンで狙う悲願のメダル

パラトライアスロン挑戦6年目で、メダルへの道筋が見えたと語る
パラトライアスロン挑戦6年目で、メダルへの道筋が見えたと語る【スポーツナビ】

 1人でスイム・バイク・ランと3つの種目を連続して行い、その合計タイムで順位をつけるトライアスロン。パラリンピックでは2016年のリオデジャネイロ大会から採用され、スイム750メートル、バイク20キロ、ラン5キロの計25.75キロで行われる。障がいの種類によってPTS(立位)、PTWC(座位)など6クラスに分かれており、障がいの内容によって一部ルールにアレンジも加えられる。また、ウェットスーツや義肢を脱いだりして次の種目へ移行する「トランジション」は第4のパートと呼ばれており、障がいの度合いによってはそれをサポートする「ハンドラー」という補助役との連携も求められる。当然、より速く動けて耐久性の高い機械を開発・工夫することも重要なため、「ヒト」と「モノ」と「自分の体」をいかにうまく使いこなせるか、まさに総合力が問われる競技なのだ。

 リオデジャネイロ大会で10位に入った木村潤平(社会福祉法人・ひまわり福祉会)は、もともと競泳の選手だったが、13年からトライアスロンに挑戦。今年9月にオーストラリアで行われた世界選手権では8位と表彰台には届かなかったが、始めてから6年でパラリンピックのメダルを取るための道筋が見えたという。

 木村は陸上・十種競技の元全日本王者でタレントの武井壮さんがパラスポーツに挑戦するNHKの番組に出演(11月30日放送)。スポーツナビはこの収録に同行し、挑戦に至った経緯や、悲願のメダル獲得への思いを聞いた。

「第1回メダリスト」の響きに惹かれて

 木村は生まれつき「関節拘縮症」で、5歳の頃から松葉杖を使用していた。競泳を始めた小学1年の頃は「健常者の人とちょっと一緒にやった」程度だったが、高校2年の頃からパラ選手として勝負することを決意した。19歳の時、04年のアテネ大会でパラリンピックに初出場。そこから北京大会、ロンドン大会と3大会連続でメダル獲得に挑んだが、いずれも目標には届かなかった。今後も競泳を続けていって、果たしてパラリンピックの表彰台に手が届くのか。思い悩んでいた13年に出会ったのが、パラトライアスロンだった。

「16年のリオデジャネイロ大会で、初めてトライアスロンが開催されることになって、『第1回目のメダリストって良い響きだな』と思ったんです(笑)。競泳出身なのでそのアドバンテージもあるし、競泳に還元できるものもあるかもしれない。そう思って始めました」

 1人もコーチをつけず、木村は自ら考えてトレーニングメニューをこなした。リオデジャネイロ大会は、競泳では4大会連続の出場を逃したものの、トライアスロンで出場権を獲得。「やりがいも感じてきて、世界と戦える手ごたえも感じてきた」と、自信をつけて大舞台に挑んだ。だが、結果は10位とメダルまでは遠く、厚い壁に跳ね返された。

「分かったつもりでリオに出たら、全然分かっていませんでした(笑)。もっと戦えると思っていたのに、全然戦えなかったのが悔しかった。パラリンピックで全ての力を出し切りたいと思っているんですが、『こんなもんじゃないはずなんだ』と、強く思いました」

 次の東京大会では自分の全力を出し切るために、トライアスロン一筋で勝負することを決意した瞬間だった。

必要なのは「世界に対抗するパワー」

リオデジャネイロパラリンピックでは10位。東京大会でさらに上の順位を目指す
リオデジャネイロパラリンピックでは10位。東京大会でさらに上の順位を目指す【写真:アフロスポーツ】

 18年シーズンは国際舞台で上位に名を連ねることをテーマに、世界各地を転戦した。アジア選手権では優勝を飾ったが、9月に行われた世界選手権では8位だった。ただ、6年間トライアスロンに打ち込んできて、今季やっとつかんだものがあるという。

「世界で今自分は世界選手権の順位通りに8番手だという認識があって、ここから上を目指すとなると全体的にスキルを上げないといけない。そのために来シーズンやるべきことの方向性は今シーズン戦ってきて見えてきたので、『これができればメダルを取れる』という感覚があります」

 その中で、大きなテーマの1つとなるのが「世界に対抗するパワーを身につける」ことだ。スイムを例にとると、これまで木村が戦ってきた競泳では、仕切られたレーンの中でいかに速く泳ぐための姿勢を作るかが重要だった。だが、トライアスロンのスイムではウェットスーツの着用が許されており、それほど繊細な動作を気にする必要がなくなった。それよりも大事なのが、皆が一斉に泳いでいく中で、相手選手と競り合っても負けないパワーとテクニックで前に進んでいく駆け引きだという。

「技術的な部分は今シーズンを通して少しずつ修得できてきたのですが、海外と戦うには圧倒的なパワーがもう少し必要だと思うので、それを補うための筋力トレーニングを積極的に取り入れていこうと思っています」

 鍛えた筋肉は当然スイムだけでなく、ランとバイクの強化にもつながっていく。「筋力アップしたものをいかに競技に落とし込めるか」と、強化したパワーをいかに速度とスタミナに変換していくかが、メダルを目指す上での鍵になりそうだ。

トライアスロンは30歳を過ぎてからが全盛期

 競泳をやっていた頃を含めると、実に4度パラリンピックの大舞台を経験している。だが、まだメダルは一度も獲得したことがない。「自分はメダルにはなかなか届かない人間なのか」と思い悩んだこともあった。だが、持ち前の負けん気で「やっぱりそんなふうに諦めたらおしまいだ」とすぐに前を向き、練習を重ねている。

 また、トライアスロンに転向したこと自体が、現役を続ける1つの大きなきっかけになったという。

「競泳だと、30歳以降の年齢で戦える選手はなかなかいない。だけど、トライアスロンは30歳以降から旬を迎える選手がいっぱいいるんですよ。競泳だったらピークを過ぎているかもしれないけど、トライアスロンだったらピークがまた来る。経験豊富になって、パワーがついてくるあたりで(東京大会で)勝負できるので、世界とどのくらい戦えるのか楽しみで仕方ないです」

 現在33歳の木村は、東京大会を35歳で迎えることになる。30代中盤でピークを迎えると言われているトライアスロンでは、まさに絶好のタイミングと言えるだろう。幼少時からずっと東京で育ってきた木村にとって、2020はまさに地元開催。競技をまたいでメダルを目指し続けてきた鉄人アスリートは、「5度目の正直」を果たすべく東京を目指す。

(取材・文:守田力/スポーツナビ)

◆◆◆ NHK番組情報 ◆◆◆

「百獣の王」武井壮さんがパラスポーツを体験、トップアスリートとの真剣勝負に挑みます。12月28日(金)は「総集編」。これまでの武井さんの戦いを、まとめてお送りします。どうぞお楽しみに!

スポーツナビ