「奇跡のチーム」はなぜ生まれたか
金メダルの記憶 アテネ体操団体(5)

28年ぶりの金メダルを獲得した日本チーム。しかし、選手たちはその実感がなかなか湧かなかったようだ
28年ぶりの金メダルを獲得した日本チーム。しかし、選手たちはその実感がなかなか湧かなかったようだ【写真:築田純/アフロスポーツ】

 日本はアテネ五輪の体操男子団体総合で28年ぶりとなる金メダルを獲得した。その快挙を成し遂げた選手たちは実際にどう感じていたのか。つり輪1種目に懸けた水鳥寿思はこう回顧する。
「全然実感がなくて、『自分が金メダリストになったのか?』と信じられない気持ちでしたね。本当に強い世代に囲まれて、その中でやったからこそ僕は金メダルを取れた。運が良かったと思うし、すごくありがたかったと他のメンバーに感謝しました」

 それとは別の気持ちがこみ上げてきたことも印象に残っている。表彰台で『君が代』を聞いているとき、走馬灯のようにこれまでの記憶がよみがえってきた。兄弟の中でも才能に恵まれていなかった水鳥は、体操選手だった父にあまり指導をしてもらえなかったが、そもそも父が「水鳥体操館」を作らなければ、競技を始めることもなかった。日本体育大に在学中は2度の大ケガに見舞われ、一時は再起不能とまで言われたが、周りの人々に支えられながら懸命にリハビリに取り組んだ結果、肉体も精神も強くなって競技に復帰できた。
「それまでトップ選手がインタビューなどで『応援してくれた人のおかげです』と言っているのを僕は信じられなかった。『いやいや、あなたが努力をしたからですよ』と。でもそのとき初めて『自分は周りの人に助けられてきたから、ここに立つことができたんだ』と気づいたんです。それがすごく印象に残っています」

金メダルを獲得したことで注目度は一気に増した。それにより「意識や振る舞いは確実に変わった」と米田は言う
金メダルを獲得したことで注目度は一気に増した。それにより「意識や振る舞いは確実に変わった」と米田は言う【スポーツナビ】

 キャプテンとしてチームをけん引してきた米田功は、自分が金メダリストになったことに違和感を抱いていたという。
「金メダリストって僕の中ではすごく偉大でした。高橋尚子さんや谷亮子さんを見て僕もああなりたいと思っていたのですが、いざ自分が金メダルを取ったときに『あれ、俺は何も変わっていないな』と(苦笑)。しみじみと喜びを感じながらも、自分はそういう(人が憧れるような)存在でもないし、なんとなく違和感がありましたよね」

 ただ、注目を浴びることによって、意識や振る舞いは確実に変わった。金メダリストになるとさまざまな表彰式やイベントに呼ばれる。そこであいさつを求められるのだが、米田を含めたほかのメンバーはうまく話すことができなかった。
「室伏(広治)さんや野村(忠宏)さんはすごく上手にあいさつするんですよ。僕らは声を震わせながら、一言二言しゃべるのが精いっぱい。この差を感じて、いつも(水鳥)寿思と『本当に俺らダメだな」って(苦笑)。所属していた徳洲会の病院も訪問したんですけれど、僕らはたいしたことを言えず、逆に『良かったですね。おめでとうございます。頑張ってください』と言われる。『いや、お前が励ませよ』と思いますよね。ただ、そういうことがあって人として成長したいと思ったし、いろいろ考えるきっかけにもなりました」

 実際、米田は気づいたことがある。自分は金メダルを取りたかったわけではなく、金メダルを取っている前述した選手たちのようになりたかったのだと。
「やっぱりコメントでも人にメッセージを届けられるようになりたいし、病院に行ったら『頑張ってください』と言える自分になりたい。メダリストとしてあきらめずに頑張ってやり切る姿を見せたい。金メダルを取ったら終わりではなく、実際はもらってからが始まりなんだと思いました。本当に人は扱われ方で変わるんだと実感しましたね」

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