冨田洋之が見せた「史上最高の演技」
金メダルの記憶 アテネ体操団体(4)

鉄棒の最終演技者であった冨田洋之(右)は、盟友・鹿島丈博からバトンを受け継いだ
鉄棒の最終演技者であった冨田洋之(右)は、盟友・鹿島丈博からバトンを受け継いだ【写真:ロイター/アフロ】

 アテネ五輪の体操男子団体総合決勝で、冨田洋之が最も緊張していたのは、最終種目である鉄棒で、1番手の米田功、2番手の鹿島丈博が演技しているのを見ているときだった。
「米田さんは前日まで、鉄棒で技がなかなかうまくいかなったり、少し苦戦をしているようでした。あとはいつも着地を得意としているんですけれど、本番ではちょっと動いてしまった。『それだけ緊張感があるんだろうな』と想像していたら、自分の中にもそれが出てきてしまって……。鹿島が演技しているときも心配はしていませんでしたが、ずっと一緒にやってきた仲間として、感情が入ってしまったんです」
 このままでは自分の演技どころではない。冨田は、鹿島の演技を見ることを途中で止め、自らの緊張感をコントロールすることに努めた。

 五輪前年の2003年、冨田は世界選手権の個人総合で銅メダルを獲得。アテネ五輪の団体総合でもメンバー最多となるゆか以外の5種目にエントリーするなど、エースとしての役割を期待されていた。ただ、世界選手権では団体総合でも銅メダルを取ったとはいえ、日本の評価はそれほど高かったわけではなく、プレッシャーも特に感じていなかった。冨田自身も当時世界王者だった中国の方が上だと見ており、追いかける立場だからこそ、「自分たちが精いっぱい力を出し切り、質の高い演技を目指していく必要がある」と考えていた。

冨田は練習から本番に至るまで、「ただ質の高い演技を目指していく」という自らの考えを淡々と実践していった
冨田は練習から本番に至るまで、「ただ質の高い演技を目指していく」という自らの考えを淡々と実践していった【写真:ロイター/アフロ】

 冨田は練習から本番に至るまで、そうした自らの考えをただ淡々と実践していった。他のメンバーは最初の演技に臨む際、「緊張した」と口をそろえ、終わったあとは「ホッとした」と一様に話していたが、冨田は平常心で自分の演技に集中していた。
「団体総合の当日は、これ以上ないくらい好調だったので、『何でもこい』という感じでした。あん馬なんかは多少バランスが崩れたら落下につながる種目なんですけれど、あまりにも調子が良かったので、多少ぶれたところですぐに体勢を戻せるくらい自信がすごくあったんです。本来なら決勝で、自分が出る最初の種目があん馬だったらけっこうネガティブな気持ちになって『落ちないように』と考えがちなんですけれど、当時は全く『落ちる』ということを考えていませんでした」

冨田は現在、順天堂大学スポーツ健康科学部准教授・男子体操競技部コーチ、国際体操連盟技術委員といった役職に就いている
冨田は現在、順天堂大学スポーツ健康科学部准教授・男子体操競技部コーチ、国際体操連盟技術委員といった役職に就いている【スポーツナビ】

 あん馬9.675点、つり輪9.787点、跳馬9.687点、平行棒9.700点。ほとんどミスなく、冨田は次々とハイスコアをマークしていく。「五輪には魔物が棲む」とよく言われるが、冨田にとってはそれが何なのかさえ分からなかった。魔物は自らの心に潜むものであり、平常心で臨んでいた冨田にとって、それは無縁のものであったのだ。
 なぜこの日、そこまで調子が良かったのか。そればかりは冨田もいまだに分かっていない。
「いろいろ要因はあったと思うのですが、『これをやったから最高の調子だった』というのは見つけられませんでした。たとえ見つかったとしてもたぶん他の人には通用しないと思うし、『これさえやっておけば』というのも絶対にない。いろいろな経験をし、さまざまな考えを持ち、異なる状況で練習を積み、多くのプレッシャーや負担をかけてトレーニングする。こうしたこと全てが結びついたからだと思います。もしそれが分かって、後輩や今の選手に伝えることができたら素晴らしいとは思うのですが、なかなかこればかりはうまく伝えることができないですね」

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