アテネまでの苦闘、受け入れた自分の弱さ
金メダルの記憶 柔道・野村忠宏(4)

シドニー五輪で金メダルを獲得したあと、野村忠宏は自らの去就を悩んでいた シドニー五輪で金メダルを獲得したあと、野村忠宏は自らの去就を悩んでいた【写真:アフロスポーツ】

 野村忠宏が若いころに持っていた引退に対する価値観は、「最強のまま最高にかっこ良く辞めたい」というものだった。当時は20代後半から30代に差し掛かるにつれて、勝てなくなったり、ケガが増えたりするという考えが柔道界では一般的だった。ベテランになり、試合に負けながらも競技を続ける選手たちはいるし、もちろんそれを否定するつもりもない。しかし、自身の美学とは反していた。  シドニー五輪を制したとき、野村は25歳だった。ここから4年後のアテネ五輪を目指すとしたら、当然4つ歳を重ねることになる。だから「これで終わりだ。もう十分」という気持ちが心に渦巻いていた。  ただ、心の中で考えていたとはいえ、実際に「シドニー五輪を最後として引退する」という言葉を口にする勇気はなかった。帰国すると大勢の出迎えがあり、パレードがあり、祝勝会、表彰式、テレビ番組出演とさまざまな幸せな時間が続いていたからだ。  もっともシドニー五輪から8カ月ほどたつと、柔道連盟や周囲から「どうするのか」と進退を問われることが多くなった。また野村自身も少し時間を置いたことで迷いが生まれてきた。 「本当にこれで終わっていいのか」  競技を続けたいという気持ちがなかったわけではない。ただアトランタ、シドニーと2つの五輪で金メダルを取りながら、さらに柔道を続けるということはどういうことなのか。当然、五輪3連覇を目指すことになるし、そのためにやらなければいけないことが見えてくる。努力したからと言って4年後の五輪に出られるという確信もないし、もし出られたとしても勝てる確証はない。辞める勇気もなければ、続ける勇気もない。どうすべきなのか。  野村は自分の本心に忠実であろうと思った。周りの声で自身の決断に影響が出るのは避けたい。そう考えた野村は所属先であるミキハウスの木村皓一社長を訪れ、こう願い出た。 「五輪が終わって8カ月以上たちますが、今後の答えが見つかりません。迷っています。そういう状況で周りから答えを求められているのがすごく苦しいんです。少しこうした環境から離れたい。わがままなんですけれど、米国に行かせてくれませんか」  米国では当時、柔道はそれほどポピュラーではなく、野村の名前も知れ渡っていなかった。日本ではどこにいても「2連覇した野村だ」という目で見られる。自分のことを知っている人が少ない地で、心をゆっくり休めながら今後について考えたい。そうした野村の願いが届き、あっさりとOKが出た。

米国留学を経て、競技に復帰することを決断。しかし、いばらの道が待ち受けていた 米国留学を経て、競技に復帰することを決断。しかし、いばらの道が待ち受けていた【赤坂直人/スポーツナビ】

 5月に結婚したばかりの妻とともに、2001年の夏に野村は米国に留学した。場所はサンフランシスコ。現地では語学学校に毎日通いながら、週に1回は道場に行って子供たちと英語でコミュニケーションを取りながら柔道を教えていた。ちょうど以前お世話になっていた先生が当地に道場を持っていた。そこで野村は勝負の厳しさからは解放された、楽しむ柔道をやっていた。サンフランシスコで過ごす毎日は充実していた。  だが、そんな生活も2、3カ月したら飽きてくる。米国にいても、国内外のライバルたちの情報はインターネットを通じて入ってきた。最初は「彼らも頑張っているな」と余裕で見ていたが、時がたつにつれて「毎日楽しいけれど、俺はこれでいいのか」という気持ちが芽生えてきた。ライバルたちの活躍もうらやましく思えてくる。 「結局、自分が求めているのは戦う世界なのかもしれない」  五輪と向き合うことはすごく苦しい。目標や夢ができると、それをつかみ取るために見る現実というのがある。その過程はつらいこと、しんどいことの連続だ。そんな中で柔道と向き合う。それは自分自身と向き合うことと同じだ。ただ、そうした過程にこそ、大きな感動や喜び、成長がある。何より自分が一番輝けるのは、競技者としてチャレンジする生活、そしてプレッシャーのある人生を送っているときだと、あらためて思った。  30歳になる年に五輪3連覇に挑戦する。それは柔道界の常識からすると非常に厳しいチャレンジだった。だが、3連覇を目指すことは今しかできないチャレンジでもある。もしそれをしなかったら、いつか後悔するかもしれない。サンフランシスコで生活を始めてから約10カ月後、野村は競技復帰へ向けて日本に帰国した。

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