ママアスリートが東京パラを目指す理由
バドミントンに込める我が子への思い

 2020年の東京パラリンピックから、バドミントンが正式競技として採用される。この競技でメダルの期待がかかるのが、昨年9月に行われた国際大会で、世界ランク1位の選手を破って女子シングルスを制した山崎悠麻だ。

パラバドミントンの山崎悠麻。東京パラリンピックでメダルの期待がかかる
パラバドミントンの山崎悠麻。東京パラリンピックでメダルの期待がかかる【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 パラバドミントンは大きく分けて車いすと立位の2つのクラスがあり、山崎は車いすを使うクラス(WH2)に所属する。車いすのクラスは健常者のバドミントンよりも、縦に半分狭いコートを使用するのが大きな特徴。「狭い中でフェイントをかけたり、後ろのスミを狙ったり、駆け引きがあるのが面白い」と山崎は話す。エリアが限られるからこそ、一瞬の反応や状況判断など、スピーディーな駆け引きが勝敗の鍵を握るのだ。

 山崎は陸上・十種競技の元全日本王者でタレントの武井壮さんがパラスポーツに挑戦する番組に出演(1月19日放送)。スポーツナビはこの取材に同行し、パラバドミントンにのめり込んでいく過程や、東京に懸ける思いを聞いた。

東京パラリンピックが熱中のきっかけに

正確かつ鋭いショットが武器。コートの隅を目がけて、ロングショットを巧みに打ち分ける
正確かつ鋭いショットが武器。コートの隅を目がけて、ロングショットを巧みに打ち分ける【スポーツナビ】

 もともと山崎は健常者として、小学2年からバドミントンをプレーしていた。だが、高校1年の時に交通事故に遭い、両膝から下の機能を失ってしまう。それ以降は「たまにダイエットのためにプールに行く程度だった」と、スポーツとは無縁の生活。23歳で結婚し、2人の男の子を授かるなど、主婦として幸せな日々を過ごしていた。

 コートに戻ったのは、13年の東京国体で、パラバドミントンを観戦したのがきっかけだった。最初は「1人目の子育てが落ち着いてきたので、ちょっとやってみようかな」と、軽い気持ちで始めた。だが、それから約1年後に、東京からパラバドミントンが正式競技として採用されることを知る。さらに、“腕試し”のつもりで参加した日本選手権でシングルス2位、ダブルス3位の好成績を残したことで、ハートに火がついた。

「頑張ればパラリンピックに出られるかもしれない。その気持ちが(パラバドミントンに)のめり込むきっかけになりました」

 下半身が使えないため、車いすでは長い距離のショットを放つのが難しい。だが、山崎は健常者時代の経験を生かしたラケットさばきで、ロングショットを巧みに打ち分けることができる。一方で「チェアワーク」と呼ばれる車いすの操作には、課題を感じている。

「まだチェアが遅い。腕や背中など、いろいろな部位の筋肉を鍛えています。あとは、力のある中国選手の動きをビデオで研究したり、体の使い方をずっと特訓しています」

 持ち味とする鋭いショットに加え、チェアワークに磨きがかかれば、さらなる成長を遂げられるはずだ。

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