森保ジャパンが臨むAFC U-23選手権とは?
チーム作りとサバイバルレースの第一歩

五輪予選を「兼ねない」大会

森保監督就任後、初の公式戦となるAFC U−23選手権。U−21日本代表は年上相手に結果を残すことができるか
森保監督就任後、初の公式戦となるAFC U−23選手権。U−21日本代表は年上相手に結果を残すことができるか【写真は共同】

 中国の割とマニアックな町に来ている。上海浦東国際空港から長距離バスに乗って3時間。そこからさらにタクシーを捕まえて50分ほど走ったところにある江陰(ジャンイン)だ。その名の通りに長江の南岸に位置しており、長江を東に下っていけば上海に、西へ上っていけば南京にたどり着くポジショニングである。江蘇省に属する百万都市だが、今のところは「本当にそんなに人がいるのかな?」くらいの印象だ。中国で最もお金持ちの村として知られる華西村が有名である。

 もちろん、この村を訪ねてここまでやって来たわけではない。1月9日に開幕したサッカーのAFC U−23選手権において、この都市がメーン会場の1つになっているがゆえの訪問である。日本代表の試合も10日から幕を開けることになる……と言ってみても「何、その大会? 代表? 何の?」という人が多数派だと思われるので、まずはそのあたりの大枠から説明しておきたい。

 AFC U−23選手権は、その名の通りにAFC(アジアサッカー連盟)が主催する、U−23(23歳以下の)国際大会だ。2年に1度のペースで開催されており、前回大会の王者は日本。2016年1月、手倉森誠監督に率いられたチームが韓国を逆転勝利で破って優勝を飾っている。この大会はリオデジャネイロ五輪の予選も兼ねており、上位3チームにその枠が与えられる方式だった。

 つまり今回の大会は東京五輪の予選を兼ねているのだなと思われるのは、よくある誤解。自分も何人かにそう聞かれたのだが、これも違う。五輪が4年に1度の大会であるのに対し、この大会は2年に1度。つまり五輪予選を兼ねる大会と、兼ねない大会が交互に開催されているわけだ。そして今回は「兼ねない」大会である。

年下の東京五輪世代で臨む日本

手倉森監督が率いていた4年前の日本はベスト8に終わった
手倉森監督が率いていた4年前の日本はベスト8に終わった【写真は共同】

 そしてU−23、つまり1995年1月1日以降に生まれた選手たちの大会となる。日本で言えば、MF井手口陽介(96年生まれ)やGK中村航輔(95年生まれ)といった選手たちが対象になってくる世代で、各国A代表の次代を担う選手たちの祭典だ。ただ、ここからがまた少しややこしいのだが、日本代表に井手口や中村といった世代の選手たちは含まれていない。日本はこの大会にU−21、つまり1997年1月1日以降に生まれた選手たちで構成されるチームを送り込んでいるからだ。

 現段階でU−21ということは、2年後の2020年に「U−23」となる世代である。2020年といえば、東京五輪の開催年。そして五輪の男子サッカー競技は「U−23」という年齢制限を伴った大会であり、日本は2年後のビッグステージを意識した「東京五輪代表」をこの大会へ送り込んでいるわけだ。

 地元開催の大会を意識しての措置ではなく、前回の“手倉森ジャパン”も同様に結成早々に臨んだこの大会で年下のチームとして参加して経験を積み(ベスト8)、2年後の飛躍につなげた。森保一監督を迎えて初めての公式戦となる東京五輪世代にとっても、この大会は1つの重要なステップとなる。

川端暁彦
川端暁彦
1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。フリーライターとして取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。創刊後は同紙の記者、編集者として活動し、2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月からフリーランスとしての活動を再開。古巣の『エル・ゴラッソ』を始め、『スポーツナビ』『サッカーキング』『サッカー批評』『サッカーマガジンZONE』『月刊ローソンチケット』など各種媒体にライターとして寄稿するほか、フリーの編集者としての活動も行っている。2014年3月に『Jの新人』(東邦出版)を刊行