金メダル後の“燃え尽き”から次の一歩へ
バド・タカマツ「苦しく、意味ある1年」

バドミントンの五輪金メダルペア“タカマツ”こと高橋(左)、松友組。2017年は、新たな目標を模索しながら戦った1年となった
バドミントンの五輪金メダルペア“タカマツ”こと高橋(左)、松友組。2017年は、新たな目標を模索しながら戦った1年となった【スポーツナビ】

 2016年リオデジャネイロ五輪において、日本バドミントン界で初となる金メダルを獲得した女子ダブルスの高橋礼華、松友美佐紀組(日本ユニシス)は、今季17年シーズンに思わぬ苦しみを味わった。極端に成績が落ちたわけではない。世界選手権で3位、最高峰のスーパーシリーズは2勝を飾り、同シリーズの年間成績も3位。世界ランキングも2位と健在だ。ただ、日本勢対決で5度も負けるなど、追われる立場に立たされてモチベーションを見失いがちになった彼女たちは安定感を欠いた。
 2人にとって17年シーズン最後の国内主要大会となった全日本総合選手権では、決勝で敗れた後に高橋が「試合に出続けることが苦しい」と涙を流した姿は印象的で、松友も「覚悟ができていないまま、1年を途中まで過ごしてしまった」と話すなど、心の底から闘志が湧き出てこない葛藤のシーズンだった。栄光の後で苦しみを味わいながらも、20年の東京五輪に向けて再スタートを切った17年を2人に振り返ってもらった。

大会で優勝も「心の中に燃え上ってくるものがなかった」

――17年を振り返って、どのような感想を持っていますか。

高橋 3つの大会(アジア選手権、オーストラリアオープン、ダイハツヨネックスジャパンオープン)で優勝しましたが、負けた試合も多かったです。その中で、勝っても負けても、リオ五輪の前とは気持ちがまったく違いました。優勝しても「やっと試合が終わった」という感覚の方が強く残りましたし、負けたときも悔しさはありましたが「次は絶対に勝ってやる!」という気持ちまではならなくて、心の中に燃え上がってくるものが本当にないんだな……と思いました。(大きな)目標がない状態で試合に出続けることが何よりも苦しかったです。
 ただ、苦しい1年ではありましたけど、苦しさがなければ、自分の目標を早く見つけることはできなかったと思うので、意味のある1年だったと思っています。

松友 五輪が終わってから、バドミントンを続けていくという選択をした中で、どこか時間の流れのままにきてしまったところがあると思っています。もっと上手く、もっと強くなりたいという気持ちはあるけど、(頭と心が)うまくかみ合っていないことに苦しみながらやってきた1年でした。
 でも、たくさん負ける中でも優勝できた大会が3つあって、世界選手権では初めてメダルを取れました。いろいろな経験があって、あらためて「東京五輪で金メダルを取る」と覚悟を決めることができた1年でした。やっぱり、中途半端な覚悟では、最終的に勝っていくことは難しいとあらためて感じました。これからの自分たちに必要な1年間だったと思います。

今季は3つの大会で優勝したが、2人にとって「苦しい1年だった」。写真は準優勝した全日本総合選手権=17年12月、駒沢体育館
今季は3つの大会で優勝したが、2人にとって「苦しい1年だった」。写真は準優勝した全日本総合選手権=17年12月、駒沢体育館【写真は共同】

――取材を受けるたびに、「まだ優勝していない世界選手権で勝ちたい」とか、「引退した中国のペアのように強くなりたい」など、新たなモチベーションについて話されていましたよね。でも、実際には自分が立てた目標に、自分が心からは付いてこないという状況だったのかなと感じました。

松友 そうですね。世界選手権もそうですし(良い)結果を出せたときは、その瞬間の明確な目標があったときです。でも、リオ五輪の前のように「最終的にこの大会で絶対に勝つ」という1本の芯が決まっていなかったので、大会が終わってしまうと(次のモチベーションが)何もなくなってしまいました。経験してみなければ、心に沁(し)みて分からなかったことだと思います。
 ここまで悩むとは思っていませんでしたけど、それだけリオ五輪に向けた期間には、覚悟を決めてやっていたということだと思います。芯がないまま中途半端に「頑張ります」と言っても、ただ頑張るだけになってしまうと分かりましたし、次の覚悟を決めるためにいろいろな経験をしたということかなと思います。

高橋 自分で言うのは変ですけど、必ずやると決めたら強いタイプだと思っています。でも、今年はそれを自分で無理に言い聞かせるように作っていただけでした。「中国のペアに勝ちたい」と話したときも、1回負けたから、今はそういう目標で良いかなと考えただけでした。でもこの1年を通して、心の底から燃え上がっている気持ちが少しずつ出てきました。苦しかったからというより、もういい加減に自分も覚悟を決めないとダメだと思うようになりました。まだ、リオを目指していたときのレベルではないですけど、今年1年を終えて、心の奥底から気持ちが出てきていると感じています。

平野貴也
平野貴也
1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。主に育成年代のサッカーを取材。2009年からJリーグの大宮アルディージャでオフィシャルライターを務めている。